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家庭教師の教え子は悪魔です5

「………」

 

 直人は憂鬱な顔でかぐやの家の前にいた。

 

 逃げればいいのに。

 

 そう思うのに、その後どんな目にあわされるのかが怖くて逃げられなかった。

 

 それほど、学生時代のトラウマは深く、反抗的な心は徹底的に刈り取られていたのだ。

 

 一時間耐えれば大丈夫だから。

 

 一時間なんてすぐだから。

 

 前と違って辛いのは一時間だけなんだ。

 

 自分にそう言い聞かせ、直人はチャイムを押した。

 

 ピンポーン。

 

「あ、ナオじゃない。時間通りね。入っていいわよ」

 

 インターホン越しに聞こえた声は月音ではなく、かぐやのものだった。

 

 すでに優等生の仮面は外しているのか、傲慢な女王様の本性をさらけ出している。

 

「…………」

 

 直人はこれからの時間を想像し、鉛のように重くなった足を引きずって家の中へと入るのだった。

 

「お邪魔します」

 

「あら、ナオ。来たわね」

 

 リビングに入ると、かぐやはソファーに腰掛け、紅茶を飲みながら優雅にくつろいでいた。

 

「今日はママがいないからここで遊ぶわよ」

 

「はい」

 

 かぐやは紅茶を一口飲むとかぐやの足元の床へ座るように促してきた。

 

 屈辱的だが、命令するかぐやがあまりにも美しく、大人しく従わされてしまった。


 直人は素直にかぐやの足元へと正座する。

 

「フフフ、いい子ね?」

 

 優越感に笑うかぐやは足で直人の顔を撫でた。


 紺色のソックスが視界を支配し、全身が恐怖で震えた。

 

(あぁ、この色、臭い、やめてぇよぉ)

 

「今日はナオに教えてほしいことがあるの」

 

「教えて……欲しい……ことですか?」

 

 家庭教師としての仕事など何もできないのに、何を教えろと言うのか。

 

 足で顔を撫でられながら、困惑する直人にかぐやは嗜虐的な笑みを浮かべ、

 

「麗子先輩の話だとナオって裸で土下座するんでしょ? 私にもナオの奴隷の姿を見せて欲しいの」

 

 と、とんでもないことを言った。

 

「え!? そ、それは無理です!」

 

「どうして? ナオも昔やってたじゃない。なんなら今からでもできるでしょ? ほら、服を脱ぎなさい」

 

「む、無理ですよ! 絶対にできません!!」


 直人にとって、土下座の行為は一番初めに味わわされたの恥辱だった。


 あの頃の自分を思い出させるような行為をさせられるのは死ぬより辛かった。

 

「ふ~ん、仕方ないわね。今回だけは許してあげるわ」

 

 機嫌を損ねると思ったが、かぐやは軽くため息をついただけで許してくれた。

 

 だが、当然それで済むわけがなかった。

 

 かぐやは足を組み替え、

 

「服は来たままでいいわ。土下座……してごらんなさい」


「………………」


(譲歩してくれたのか。でも、これ以上躊躇ったら、なにされるかわからないし……)

 

 まだ少しはマシなんだ。

 

 かぐやに見下ろされながら、直人はゆっくりと身体を丸めた。

  

 そして、両手をつき、額を床につける。


 いわゆる、土下座だ。

 

 ずっと年上の自分が年下の中学生に土下座させられている。

 

 生きていて経験するほうが少ないだろう惨めな姿。

 

 惨めさが込み上げてきて、胸が苦しくなる。

 

「うぅ、これでいいんですか?」

 

「……」


 無言のかぐや。


 数秒後、

 

「ぷっ!! あはははは! なにそれ? 全然ダメよ」


 かぐやが腹を抱え、笑い転げた。

 

「え……」

 

 言うとおりに土下座したのに?

 

「本当に惨めね。これじゃあ、ただ土下座しただけじゃない。なんで? 奴隷なんだから、ちゃんと挨拶もしなさいよ」

 

「…………どうかご調教よろしくお願いいたします」

 

 絞り出すようになんとか言葉を考えた直人だが、かぐやは呆れた様にため息をつき、

 

「全然ダメね。まず手の位置が違うわ。それに頭の位置もおかしいわよね?」

 

 瞬間、直人の後頭部にグッと重みがかかった。

 

 この感触。

 

 直人は見なくても今、自分が何をされているかわかる。

 

 後頭部を頭で踏まれているのだ。

 

 今すぐ立ち上がって振り切りたいが、頭を抑えられた直人は立ち上がることを物理的にも封じられていた。

 

「こ、こうですか?」

 

 直人は言われた通り、手を床について、さらに頭を垂れる。

 

 床に押しつけられた頭が熱い。

 

 だが、痛みを与えているという自覚すらかぐやにはなかった。

 

 ただ、自分が足を乗せているだけでどれほどの重みがかかるかなど、経験するはずもない。

 

「違うわよ。もっと顎を引いて」

 

「は、はい」

 

 言われるまま姿勢を変える。

 

 しかし、今度は肩幅が開きすぎていると言われてしまう。

 

「ちょっと背中を伸ばしなさい。胸を張るようにね。それから、お尻ももう少し高く上げないとダメよ。あと、膝は揃えないでちゃんと開いて。そうしないと、踏みつけにくいわ」

 

 今のかぐやにとって、直人は人語を理解する家具に過ぎなかった。

 

 いかに、自分が使いやすい家具にするか、その一点だけを考え、面白半分に直人のプライドをズタズタにしていた。

 

「はい……」

 

「ふふ、よくできたじゃない」


 かぐやに褒められた。

 

 その瞬間、心までも自分がかぐやに隷属しつつあることを自覚し、恥ずかしくて死んでしまいそうになる。

 

「それが土下座の姿勢よ。覚えておきなさい」

 

「はい……」

 

「ねぇ? ありがとうございます、が抜けてるわよ? 何かを教わったらお礼を言うのは当たり前じゃない?」

 

「う……ありがとうございます」

 

「誰に?」

 

「ありがとうございます、かぐや様」

 

「ふ~ん、何を教わったのか教えてくれる? ナオが私にどんな感謝をしてるかキチンと述べてよ」

 

「私に土下座の仕方を教えてくださり、誠にありがとうございます、かぐや様」

 

「まだ足りないわね。仕方ないから教えてあげる。私が言った台詞を復唱なさい」

 

 かぐやは実に歌うかのように台詞を呟いた。

 

「私のような愚かで低能な奴隷に、奴隷の基本である土下座を教えていただき、心より感謝の念にたえません。これからもかぐや様の奴隷として成長できるよう、ご指導、ご鞭撻、よろしくお願いいたします、よ」


(うぅ……なんでそこまで)

 

 自分の口からそんなことまで言わされなかった直人は、すぐにできなかった。

 

 人間、経験のあることならばまだ抵抗がなくなるのだが、初めてでは躊躇するのは当たり前だ。

 

 ましてや、それが自分がしたくないことなら尚更だろう。

 

 麗子は直人を道具やパシりとして使用したが、精神的に屈服させると言うよりも面白半分な面が強かったからだ。

 

 だが、かぐやは--。

 

(ナオが屈服して、恐れてるのは私じゃなくて、その背後にいる麗子先輩。そんなのつまらないわ。私自身を恐れ、屈服し、敬わないとね)

 

 プライドの高いかぐやにとって、それは許されない。

 

 自分がかろんじられているように感じるからだ。

 

「 はやくしろよ、命令がきけないのかしら? ナオ、とっとしろ!」

 

 苛立ったかぐやは氷のような口調で強く命じた。

 

 ビクッ! とそれだけでナオが震えたのがわかった。

 

(フフ、どれだけ経っても刻まれた負け犬根性は治らないのよ? お前は女の子の命令に逆らえないのよ)

 

「……私のような愚かで低能……な奴隷に、奴隷の基本……である土下座を教えていた……だき、心より感……謝の念にたえ……ません。これか……らもかぐや……様の奴……隷として成長できるよう、ご指導、ご……鞭撻、よろしくお願いいたします……」

 

 恐怖と屈辱に詰まりながらも述べる直人は負け犬そのものだった。

 

 女性に逆らうなと本能レベルで刻まれた彼にかぐやの命令に歯向かう気力があるはずもなかったのだ。

 

「フフ、よろしくね。ねぇ、そういえばナオには他にも聞きたいことがあったんだった」


 かぐやは思い出したようにそう言うと、直人の顔を足裏全体で踏みつけた。

 

 まるで床でも踏むような無慈悲さで、本当に彼女の中では自分が圧倒的な立場の弱さを思い知らされた。

 

家庭教師の教え子は悪魔です5

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