「ふぅ……」
一人の男が大きな屋敷の前に立って深呼吸していた。
彼の名前は山田直人。
大学一年生で、家庭教師のアルバイトを始めたのだ。
ただ、今回はあまり気が進まないのもあった。
なにせ、斡旋会社の事前説明で、かなりの問題児だと教えられていたからだ。
話ではすでにここに斡旋された家庭教師は二人とも退職し、再起不能にされてたとか、噂が立っていたのだ。
そんなのをあり当てられるなんて運がない、と思う。
ただ、直人がこの仕事を受けたのは学生だからと言うのがあった。
(ま、合わなきゃ転職したらいいだけだし)
まだ大学1年の彼にはバイトなどいくらでもあるからだ。
なので、そこまで重くは受け止めていなかった。
緊張するにはするのだが。
ピンポーン。
しばらくしてからドアが開き、家から誰か出てきた。
「はい、どなた?」
(ッ!?)
思わず、直人は息を呑んでしまう。
出てきたのは、モデルと見まごうような美人。
歳は幾つぐらいか分からないが、中学生の子供がいるから30代から40代の間のはずだが、とてもそうには見えない若さに見える。
直人はひるんだがすぐに持ち直して挨拶した。
「こんにちは。私、本日から金本かぐやさんの家庭教師を務めさせていただきます山田と申します」
自己紹介すると女性の顔がぱぁ、と華やいだ。
「ああ、お待ちしておりました!ささ、どうぞ上がってください。私はかぐやの母の月音と申します」
美人で愛想がよくて、第一印象は直人にとってとてもよくてドキドキするほどだ。
案内されるままに直人は家の中に上がり、驚愕した。
外から思っていたが、高そうな造り、高そうな壁の素材、高そうな絵や壺。
(金持ちっているもんだよな。役員とか社長の娘さんかな……)
まぁ、それなら問題児でも斡旋会社も断れないのかも。
その業界のお偉いさんとかだったらだけど。
んー何不自由なく育った綺麗な女の子。
兄弟もいないと聞いている。
好き放題に甘やかされて、わがままに育ってしまったのだろうか?
どんな子供だろうか。
頭のなかでは縦ロールの高飛車少女のイメージが出てきたが、日本ではなかなかお目にかかることはない。
ただ、問題児の金持ちとは、乏しい直人のイメージではそんな感じなのだから仕方あるまい。
長い廊下を抜け、リビングに着くと、一人の少女がソファーに座ってスマートフォンをいじっていた。長い髪が前に垂れて顔は見えない。
「ホラかぐや、先生がいらしたわよ。挨拶しなさい」
母の月音に言われてから、やっと少女――かぐやは気だるげに顔をあげてこちらを見つめた。
「…………」
「ッッ!!」
直人はその少女を見た瞬間、思わず半歩後退した。
月音がおっとりした雰囲気の美人だとすると、少女は突き刺すような、冷たい、迫力のある美人。
感情がないような凍てつくような瞳がこちらを刺すように見たのだ。
中学生とは思えない威圧感に直人は不覚にも驚いていた。
ただ、月音の美貌を継いだらしい彼女は美少女と言っても差し支えのない美しさだった。
長い手足も鋭い雰囲気も中学生とは思えない。
高校生でも通りそうなほど大人びた空気を纏っている。
同時に思ったが、彼女は絶対に同年代の友達がいないと、直人は断言できた。
こんな怖い女子と仲良くしたいと思う中学生はいまい。
と思ったのだが、かぐやが瞬きした瞬間、雰囲気が180度変わった。
「こんにちは、先生。お待ちしてました」
立ち上がり、優雅に礼をしてみせる彼女の所作は美しかった。
微笑みも声音も、さっきの凍てつく視線が気のせいかと思えるほどだ。
だが、逆にそれが直人に不安を抱かせた。
この子は何か異常だと。
そんな直人に対して、かぐやは無警戒に距離を詰めると、素早く手を握ってきた。
「私、先生のことをとても楽しみにしてましたの。はやくお勉強しましょう?」
無邪気な中学生を思わせる動きなのに、まるで演技のように、しかも狙ったようにこちらが動けなかった。
挙動の静のタイミングをとられたのは偶然なのか?
「あら、かぐやったら、先生が気に入ったの。前の二人は全然こんな態度じゃなかったのに」
娘が懐いたのが嬉しいのか、月音は微笑ましい笑顔を浮かべていて、とても娘さんの態度は変です、とは言えなかった。
戸惑う直人の腕を引っ張るようにかぐやが歩きだし、
「先生、私の部屋に案内しますね! 勉強教えてもらえるのが楽しみです!」
「ちょっ!」
「すいません、山田先生。かぐやったら、はしゃいじゃって……。こんなこと普段はないんですけど……。あと、山田先生、あの子私が部屋に入るととても怒るので……途中特にお構いも出来ませんが、お給料の方を多めに出させていただきますので…」
「いや、そんな、そういう訳には……」
「いえ、うちの子に特に手が掛かるのはわかっておりますので、それくらいは……」
「あ、ありがとうございます」
美人の月音に言われて断る度胸がなかった直人は流されるままに、二階にあるかぐやの部屋へと案内されてしまう。
「ここが私の部屋です」
「失礼します…」
「はい! どうぞ!」
礼儀正しくドアを開け、直人を中へと迎えてからドアを閉めるかぐや。
月音が来るのが嫌なのか、わざわざ鍵までかけて、初対面の男に対して、少々無警戒な気もするが、信用してるのか?
無垢な姿を装うかぐやだが、さすがに問題なんか起きないだろう、と考えて直人も部屋に入った。
これが地獄の始まりだと知るよしもなく。
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