リルは他とはひときわ高く全体が見渡せる席に案内されていた。
当然、アグニもこの会場の光景はよく見えた。
勿論、奴隷扱いのアグニには椅子などなく、拘束されたまま、首輪から伸びたリードはリルに握られ、身動きとれずにいた。
「フフ、よ~く見ておきなさい。お前と同じ男達の情けない姿をね」
リルは実に楽しげにアグニに囁きかけると、背もたれに身体を預けてくつろいでいた。
入り口では先ほどの灰皿扱いされた男とは別の男が土下座して新しい女性の足元に這いつくばっている。
「ナタリー様、いらっしゃいませ。お待ちしておりました。どうぞ」
「前の奴隷が役に立たなくてね。新しい奴隷でも買おうと思うのよ」
「それは光栄ですわ。ポチ、ご案内して!」
サリーが手を叩くと、男が恭しく駆け寄り、平伏する。
まるで訓練された軍用犬みたいにアグニには見えた。
「い、いらっしゃいませ、ナタリー様。皆様のお世話係をさせていただきます、奴隷見習いのポチと申します。なんなりと御命じ下さいませ」
ポチと呼ばれた男はドレスを着た女性の足元に土下座したまま、挨拶をしていた。
「そう。よろしくね。ポチ? このまま入っていいのかしら? それとも、スリッパでもあるの?」
「どうぞお履き物はそのままでお入り下さいませ。ナタリー様がお靴脱ぐ必要はございません」
「クク、見習いの分際でよくわかってるじゃない?」
ナタリーはわざと聞いたらしく、意地悪い笑みを浮かべていた。
「こちらです。どうぞ……」
「ととっとおし!」
ポチは四つん這いのまま方向転換すると、飼い主を先導する犬よろしく案内する。
会場の中の真ん中辺りの席へとナタリーを案内し、土下座をしていた。
「本日は奴隷セリ市にお越し戴きありがとうございます。お飲み物などご用意しておりますが如何でしょうか?」
「そうね、冷たいビールでも持ってきなさい」
いつも命令しているのに慣れている調子でナタリーは命令した。
土下座したままの男など見慣れているかのように平然としており、哀れみや慈悲など一切存在していない。
むしろ、男が四つん這いで歩くのが当たり前かのような光景。
「はい、かしこまりました」
「ねえ、お前もセリに出るの?」
コツ、コツ、と爪先でポチの頭を小突きながらナタリーは訊ねていた。
「申し訳ございません。私はサリー様の奴隷なので」
「あら、そうなの? 残念ね。高く買ってあげようと思ったのに」
「申し訳ありません。身に余る光栄です。1日も早く販売できる奴隷になれるよう努力いたします」
「はは! 奴隷になれるよう努力なんて、男の価値を理解してるじゃない? いい子ね~」
ナタリーの足下の床に何度も頭をこすり付けてお詫びするポチの頭をピンヒールの靴でグリグリと踏みつけた。
「ねぇ、このオークションが終わったら私のペットにしてあげるわ。サリー様には私が交渉してあげる! 絶対に売ってもらえるわ! フフフフ!」
「そ、そんな恐れ多いことです! 私のようなゴミをペットなどと! どうか捨てて頂けると幸いでございます!」
「ふーん。まあいいわ。楽しみね。あなたの泣き叫ぶ顔を見るのが。本当にゴミ並の価値なら生きたまま燃やしてあげるわ🖤 燃えるゴミらしくね?」
ナタリーは恐ろしい台詞を笑いながら言うとポチの頭から足をどけて、自分の席でくつろぎだす。
買い手が強制的に決まったポチは歓喜に震えていたが、アグニにはそれが狂気にしか感じられなかった……はずだった。
異常とも言える空間なのに、それが当たり前のように行われてると、自分がおかしいと思えてくる。
まして判断力の低下した状態なら尚更だった。
アグニはだんだん、自分こそ間違っていたのではないかと、徐々に疑心暗鬼になりつつあったのだ。
男とは女性に支配されてこそ幸せなのだろうか?
彼らを見ていると自然とそう思えてしまえるのだ。
この国の虐げられていたはずの、男達の笑顔ががアグニの脳裏に浮かぶ。
男の価値とは……。
アグニの価値観が揺らぐ中、さらに男という存在を否定するようにオークションが開催された。
「それではただ今より奴隷セリを行いたいと思います!」
司会の声と共に競りが始まったのだ。