ガチャ……。
重く湿った空気が澱む地下室で、鎖の擦れる音がやけに大きく響く。
「う…………」
冷たい床に藁のベット。
こんな粗末な生活は今までの人生で味わったことがなかった。
起きた瞬間、寒さに身を縮こまり、硬い床の痛みで目が覚めるなど……。
「くそ……」
悪態をついて身体を起こすと、足に繋がれた鎖が再び擦れて音を鳴らす。
鎖が繋がる部屋は地下の牢屋だった。
格子は捕らえた人間を決して逃がさぬように硬く嵌められ、揺らした程度では外れることはないだろう。
地下室にとらえられているのは、陰気な地下牢とは不釣り合いの青年だった。
白く染みのない肌と形の整った爪。
艶のある金色の髪をみれば、生活水準の高い身分――貴族だと容易に想像できるだろう。
彼の名前はジョシュア。
とある地方貴族の青年であり、先日まで貴族として優雅な生活を送っていた。
だが、ある女のせいでジョシュアは今は地下室に閉じ込められていふのだ。
カツ……カツカツ……カツ。
音を聞きつけ様に、ヒールの音が近づいてきた。
ジョシュアは獣のように格子に飛び付くと、そのまま激しく揺らして叫ぶ、
「私をすぐに出せ! こんなことしてただで済むと思っているのか!! この私を誰だと思っているんだ!?」
カツン。
ジョシュアの怒声が耳に届いたのか、ヒールの主は牢屋の前で足を止め、
「まだ自分の立場がわかってないようね? お前に何をしようとどうにもならないわよ? だって……私はこの国の女王なんだから」
残酷な現実を告げたのは、この国の支配者である女王のリルだった。
(この悪魔めっ!)
ジョシュアは憎らしげにリルを睨み付ける。
鎖のせいで、立ち上がることができないため、見上げる形でリルを睨むしかない。
他人に見下ろされたことのないジョシュアにとってこの生活もこの状況も腸が煮えくり返る屈辱だ。
「ふざけるな! ただの簒奪者が! お前などこの国の女王なんて認めないぞ!」
「お前が認めようと認めまいと私が女王なのは変わらないわよ? ま、その態度はすぐに改めさせてあげるわ」
後半、不吉な言葉を呟いたのはリルはジョシュアを不安にさせる台詞を残し、手を叩いた。
「今日はその愚かな考えを改めさせるために協力者を連れてきたのよ? いらっしゃい。ローザ」
「はい、リル様」
リルの背後から現れたのはリンゴのような赤い艶やかな赤い髪をした少女だった。
まだ熟してない果実のような未成熟な少女だが、その目には優越感を得た人間特有の色が宿っている。
そして、その少女を見た瞬間、ジョシュアはさらに怒りを増した。
「お前! 奴隷の分際で私を見下すなど! ふざけるな! 今すぐ私を解放しろ!」
ガンガンガン!
「アハハ! 奴隷に見下される気分はどうかしら? ま、聞くまでもないわね? さぞ悔しいでしょうね」
「リル様のおかげであの地獄から解放されたました。この男は最低の貴族でしたから」
ローザは片腕をおさえ、うつむいた。
過去の、ジョシュアにされた仕打ちを思い出すことすら辛い、かと言うように。
「安心なさい。もう貴方を苦しめる男はいないわ。今日はそんな日々とサヨナラする記念日よ。貴方がされた仕打ちを存分にこの男に復讐しましょう?」
リルはそんなローザを抱き締め、胸に顔を埋めて頭を撫でてやった。
「はい! リル様!」
(くっ! ローザを誑かすなど、売女め! どうせ、こうしてハルト様を誑かしたに違いない!)
自分のペットが他人に尻尾をふっている様な光景に、ジョシュアの嫉妬心がジワジワと炙られ、怒りと混じりあって感情を黒くさせた。
「さ、楽しい復讐の時間よ?」
「はい! 私が受けた苦しみ……。存分に味わって下さいね? ジョシュア様?」
「フッ、もうこいつはローザの主でもないのよ? 呼び捨てで十分よ?」
「あ、そうでしたね。 よろしくね、ジョシュア」
「ロォォォォザァァァァ! 」
小馬鹿にしたローザの言葉にジョシュアは我を忘れて掴みかかろうとしたが、鎖と格子がそれを無慈悲に阻む。
「アハハ!バカな男ね」
「呼び捨てにされただけで激昂するなんて、これからずっとそう呼ばれるのに、身体がもちませんよ? ジョ・シュ・ア♪」
獣のように吠えたジョシュアを見下しながら、リルとローザは愉しげに笑っていた。
抵抗できない相手をどうやっていたぶるかを想像しながら――。
◆
ジャリ。
手枷を嵌められたジョシュアは現在宙吊りにされていた。
両手を上にあげさせれ、辛うじてつま先立ちの状態にされているが、これではリルとローザに何をされても抵抗できない。
足もあげられないように鉄球つきの足枷が嵌められ、数センチ持ち上げるがやっとの状態だ。
そんな拘束された姿、しかも、全裸を元奴隷と親しくもない女性にみられるなど羞恥で今すぐ逃げたくなる。
もっとも、今のジョシュアは逃げることもできないが。
それに、今はそれよりも恐怖が勝った。
「じゃ、早速始めましょうか? 私の自慢の拷問技術を、たっぷり堪能させてあげるわよ? ローザも見よう見まねでやってみなさい? 貴方の復讐なんだからね?」
「はいっ!」
愉しげに話すリルと元気に返事をするローザの手には黒く妖しい光沢を得た鞭が握られているのだ。
宙吊りにされて動けない自分と鞭を手にした二人。
もはや、この後にされることは子供でもわかるだろう。
それでも、恐怖からジョシュアは叫ぶしかなかった。
「ま、待ってくれ! やめてくれー!…………ギャアー!!」
ジョシュアの懇願は悲鳴の叫び声へと変わってしまった。
「アハハ! どうですか? 痛いですよね? 私もジョシュアに鞭で打たれて痛かったんですよ? よかったですね、他人の痛みが知れて!」
バヂィィィィ!
「ぎゃああああ! やめてぇ!」
「なんですか? 私がそう言ってジョシュアはやめてくれましたか? 答えはノーですよね!」
ビシィィィィ!
「いだぃぃぃぃ!」
「クズめ! 死ねっ! 死んで償えっ!」
バチ! バチ! バチ!
鞭の音が響く。
(無抵抗の相手を虐めるのって最高です! あ~、ジョシュアったら痛そう。その顔、最高ですよ? 私の痛み、倍返しで味わわせてあげますね?)
復讐と言う免罪符は罪悪感をなくさせる。
ローザにとってジョシュアを痛めつけるのは、自分がされたことへの正当な反撃。
だから、どれだけジョシュアを痛めつけても悪くない。
そう思うと、鞭を振るうのが楽しくて仕方なかった。
「フフフ、ローザもこっちの住人だったようね。じゃ、私も加勢しようかしら~♪ ほら、もっと泣き喚きなさいよっ! 」
バチ! ビシィ! バチ!
リルは嗜虐的な表情を浮かべながら、何度も鞭をジョシュアの胸に打ち付けた。
(フフフ、この感触はいつ打っても気持ちいいわ。直接叩いたり、蹴るとこっちも痛いけど、鞭なら一方的に痛めつけられるものね)
手に食い込むグリップの感触。肉を打った時の反動。奴隷の泣き叫ぶ声と表情。
全てがリルが支配者だと感じさせる演出になり、快感を与えてくれる。
「ぐっ! がぁ……ハッ……」
(苦しい……息ができない!)
「あら? もしかして呼吸困難かしら?」
リルはジョシュアの髪の毛を鷲掴みにして、無理矢理上体を起こす。
「かひゅ……カヒュ! はヒュヒュー!」
「どうしたのです? こうすれば楽になるかしら?」
リルは過度な笑いを含んだ口調で言うと今度はローザとジョシュアの背中や尻を打ち付けた。
「い、イヤだ! もう許してくれぇ!」
「なに言ってるんですか? 許さないっていったじゃないですか?」
「お前のように、私の方針に逆らう男はこうして身の程をわからせられるのよ🖤」
バヂィィィィ! バヂィィィィ! バヂィィィィン!
「ぎゃあああああああああああああああああああ!」
それから数時間、ジョシュアへの折檻は続いた。
ジョシュアは鞭打たれ、血反吐を撒き散らし、涙と鼻水を流していた。
皮膚は裂け、傷つき、そして肉片すら飛び散り、部屋中に生臭い悪臭を放っていた。
「ヒィ! アガ! ゲェ!」
それでもなお、彼は生き長らえている。
それは彼女が加減しているからだろう。
ローザだけなら死んでいたかもしれないが、リルが適切なアドバイスを時折行うことで、最大の痛みを与え、生殺しにさせていたのだ。
「フフフ、そろそろ疲れてきたんじゃない?」
「そうですね、腕が疲れちゃいましたね」
「せっかくだし、休憩しましょうか。簡単に壊すのもつまらないでしょ?」
「はい!」
(休憩……助かった)
鞭の嵐がとまったジョシュアはボロボロの意識の中で安堵のため息をもらした。
気絶したらどれだけよかっただろうと何度も思いながら、叫び続け、喉も痛みを訴えている。
「ほら、ジョシュアも休憩よ?」
ガチャン。
唐突に鎖が解かれたジョシュアは踏ん張りのきかないせいで、無様に床に倒れる。
「がはっ!」
硬い床が骨まで痺れる痛みを与えてきたが、冷たさが燃えるような痛みが走る身体には心地よい。
(少しは休めるか……)
あの悪魔と元奴隷が何をするかわからないが、少しでも体力を回復させないと……。
そう考えたジョシュアだが、その考えがいかに甘いかすぐに思い知らされることとなる。
「じゃ、休憩時間は奴隷の本来のお仕事でもしてもらいましょうか?」
「へ?」
「なにお馬鹿な声出してるの? ジョシュアったら、私にもさせたよね?」
とびきりの笑みのリルとローザを見て確信した。
休憩なんて嘘だ。
この二人は休ませる気なんてまったくないのだと……。
「靴を舐めて綺麗にしなさい?」
「服従と屈服の証ですよね? ジョシュアが私を買った日にさせたあれ、ですよ?」
カツ、カツン!
ヒールをジョシュアの目の前に突き立てるリルとローザ。
腕を組み、当たり前だと言わんばかりのリルと、復讐の悦びに目を輝かせるローザ。
二人の爪先が無慈悲にジョシュアの前へとつき出されるのだった。
◆
「く、靴を舐めろ……と?」
あたりのことに頭が追い付かない。
いや、追い付きたくもない。
「そうよ? お前はもう貴族じゃなくなるのだから、できるわよね?」
「これもジョシュアが私にさせたことだし、されても仕方ないよねぇ?」
「ふ、ふざけ……」
「それとも鞭が好みなの? 私ってバカな奴隷は嫌いなの。次は死ぬまで打つけどいいかしら?」
「私はリル様に意見できない立場だからとめないよ?」
逃げ道などなかった。
この二人にとってジョシュアの意見など必要ないのだ。
ただ、命令に従えばいい。
意思などいらない。
遥か高みから床に這いつくばるジョシュアを見下ろす眼差しがそう語っていた。
「ち……くしょう」
死にたくない。
こんな惨めな死に方なんかしたくない。
死んだから、全てが終わってしまうのだから……。
「ほら、舐めるの? 死ぬの? 早く決めなさい?」
選択権などないのだ。
爪先で床を叩くリル。
黒く磨かれ、汚れ一つないそれは、どれほどの男の尊厳を奪ったのか……。
「うぅぅぅぅぅぅ……ぁぁぁぁぁ!」
半ばやけになりながら、ジョシュアは叫び、リルのヒールへ舌を這わせた。
「あら、思ったよりは上手じゃない♪」
屈辱に耐えながら、精一杯丁寧にヒールを舐めた。
「私だけじゃないのよ? ローザのも舐めなさい?」
「どうですか? 奴隷だった私が主人になった感想は?」
「ぐっ! ゲェッ!」
ローザに髪を掴まれ、無理やり上を向かされる。
ローザの顔が視界いっぱいに広がった。
いつも怯えて見上げていたローザとはまるで別人の様な残酷な笑顔。
復讐の悦びに頬を赤く染め、欲情したように潤んだ瞳は獲物をなぶる愉悦で燃え上がり、唇はなんども舐めたせいで湿り、輝いている。
今日まで、ローザのこんな顔を見ることはなかったし、想像すらしなかった。
「い……」
「あーぁ。そんな汚い顔で喋っちゃダメですよ? ほら、召し上がれ?」
ズボッ!
蔑む目で見下しながら、ローザは無理矢理指を口の中へと突っ込む。
「ほら、こうして後で素足も舐めるんだから、練習ですよ?」
ローザの細い人差し指と中指を舐める形になる。
「もっと可愛くできますよね?」
「んぶっ!」
「ほら、私の指をキレイにしてくださいね?」
唾液が絡みつく感触に、吐き気を覚えるが、ジョシュアは必死に耐える。
「ほら、こっちもよ?」
「ごぼっ!?」
無理やり指が引き抜かれると、間髪いれずに逸らされたリルの爪先が口にねじ込まれた。
(まだ終わらないのか!?)
長い、あまりにも長く感じる休憩時間。
自分の生殺与奪を握っているこの女達の拷問はいつ終わるんだ? そう考えて、ジョシュアはある答えにたどり着く。
(まさか、このまま死ぬまでやるつもりなのか?)
その考えはまさに最悪の事態。
「フゥ……ハァ―――ッ」
呼吸を整えるように大きく息をする。
その間にも、足を舐めるという屈辱的な行為を強要され続けているのだが、ジョシュアは思考を止めていた。
屈辱すら感じるのが苦痛であり、もはや機械のように無心で動くのがらくだと思い知ったからだ。
考えることすら面倒だった。
「ちょっと。聞いてんの?」
「ごぼっ!」
ゴッ!
喉の奥にリルのつま先が刺さった状態で、何度も嘔吐する。
それでもなお、ジョシュアは休むことを許されない。
「奴隷が主人を労わるなんて偉くなったものね?」
「フフフ、リル様。今日ぐらい許してあげましょうよ。これから一生こきつかうんだし」
「ローザが言うならいいわよ? 私はまだまだ遊び足りないけど、他の奴隷がいるからね」
(……え?何を言ってるんだよコイツらは……?)
リル達はまた何か企んでいるようだ。
だが、ジョシュアはそれを気にするほど余裕がなかった。
恐ろしい耳を塞ぎたくなる言葉に全身が凍りつく。
(頼む……俺を助けてくれ……父さん……母さん……。神様お願いします……この地獄から抜け出させてください……)
そう切実に願うことしかできなかったのだ。
その願いを叶えてくれるのは、死者でもなく、神でもなく、笑いながら自身を拷問する悪魔の様な二人だと言うのに――。
それから一時間以上の間、二人は飽きるまでジョシュアをいたぶり続けた。
時折、鞭で叩き、踏みつけ、蹴飛ばして弄びながら、ジョシュアの肉体を責め抜く……。
ジョシュアの精神力など初めからなかったかのように、心も身体も徹底的に壊していった……。
異無
2021-12-10 23:07:24 +0000 UTCアスタ2
2021-12-10 22:35:37 +0000 UTC