小人が存在する世界で、彼らは害虫として扱われていた。
人権はなく、労働力としても使えず、備蓄などを食べたり、漁るネズミやゴキブリの様な存在。
だが、彼らは生きている。
今日もまた巨人達の目を掻い潜るサバイバルが始まるのだった。
ぐぅ~
「くっ、お腹すいた」
「あぁ、だが食料はな……」
小人である弟テムズ、姉のアルトがいたのは女子高校だった。
別に忍び込んだとかではなく、学校の近くで生まれたのだ。
そして、2人の姉弟はもう生き残ったのは二人だけだった。
外の地獄から逃げ延びた先はムカデの様な怪物こそいないが、巨人の巣窟だった。
「それに臭いよ」
「そうだな。あのネズミが駆除されたが、ここは本当に……臭い」
テムズの言葉に、アルトも頷いた。
二人がネズミに追われて逃げ込んだここは、女子陸上部の部室だった。
そして、二人の背丈ほどに並べらているのは、履き潰されたスパイクや、どっしりと蒸れ、穴が空いて捨てられた靴下などもあったのだ。
当然、そこから放たれる空気は蒸れた陸上部の女子の足の臭い。
納豆やチーズや酢やカビやらが混じった悪臭が低位置にガスのように溜まり、二人は絶えずその悪臭の中で生活していた。
だが、簡単にはここから出られない。
広い建物の床は真っ白いツルツルと滑るもので、タイルと言う床は埃ですら目立つのだ。小人などとても目立ってしまうからすぐに捕まってしまう。
実際、この臭いに耐えられずに逃げようとした仲間があっさりと見つかったのは記憶に新しい。
そして、巨人用の巨大な箱がいくつも並び、荷物を彼女達はいれて衣服を着替えるのだ。
ロッカーと言っていたそれは二人には鋼の巨大な壁だった。
たまに窓から入り込んだ虫が彼女達に無慈悲に踏み潰されたりして、その度に二人は背筋が凍る思いがしていた。
だが、それよりも恐ろしいのはーー。
ウィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ!
白き感情のない巨大な兵器。
蟻や蠅の様な猛獣こそいないこの部屋であらゆる物体を吸い付くす悪魔。
「ルンバだ!」
「ロッカーの間に隠れるぞ!」
アルトはテムズの腕を引き、すぐにロッカーの間に隠れた。
高速で回転するルンバはタイル上に落ちていた埃や巨人達の食べかすまでも全て綺麗に吸い込んでいった。
「あ……」
「諦めろ。もう無理だ……」
お菓子の粉を残念そうに眺めていたテムズの手をアルトが握った。
あの悪魔に何人の仲間が吸い込まれ潰されたのか、忘れるものか。
あの悪魔は床中を綺麗にすると、そのまま定位置に戻ってしまった。
「うぅ……」
「泣かないの。私がちゃんとご飯を探してくるから」
お腹をキュルキュル鳴らすテムズにアルトは慰めることしかできない。
巨人達はここでお菓子や昼御飯を食べる者もいる。
あの悪魔が動く前になんとか食料を確保しないと……。
外の怪物達がこない安全圏と思われたここもまた、厳しい現実が待ち受けているのだった。
◆
(あぁ……お腹減った)
小人であるテムズ達は時計などもっているわけもないので、時間の感覚はわからない。
何日も絶食しているし、ひどい臭いのここは、下手をすれば外の世界よりも劣悪なのではないかと思ってしまう。
確かに、外の世界は寝るときすら油断はできない。
でも、食べ物はそれなりにある。
蟻などだけでなく、木の実などは御馳走だった。
たまに落ちた木の実にあたって死んだりする小人もいるけど、一個で数日はお腹を膨らませられる。
(う……ん……)
お腹が減りすぎて痛くなってきた。
お姉ちゃんはどこにいったんだろう?
食べ物を探しに隙間の奥へ行ってしまったけど、まだ帰ってこない。
いや、そもそもどれくらい前に分かれたっけ?
二日は経っているはず。
ただ、時間の感覚が狂ってしまうと数分も何時間に感じたり、その逆もあってしまう。
日にちは夜と朝の行き来で数えているが、時間まではわからない。
テムズは姉が帰ってこない不安と空腹でだんだん頭が痛くなってきた。
そんな中ーー。
ズン! ズン! ズン!
空腹に響く地鳴り。
間違いない……巨人がくる!
「ひぃ!」
テムズは慌てて隙間の奥に逃げ込んだ。
埃が溜まり、息苦しいし、たまった木の欠片や剥がれた壁とかが道を塞いでいるが、巨人も手を入れようとは思わないだろう。
テムズは息を殺して座り込み、身体を小さくした。
とにかく小さくなって隠れるしかない。
巨人に捕まった仲間は誰も帰ってこなかったのだから。
絶対に巨人には勝てない。
だから、隠れてやり過ごすしかない。
それが小人の絶対のルールなのだ。
◆
「……でさぁ!……」
「まじで! 信じらんない~」
「あいつらさぁ……」
「ざいね~」
「じゃ、私はいくね」
「うん、またね!」
なにかを食べる音がして、すごくいい匂いが漂ってきた。
悪臭が漂う空気が普段から濃いせいで、この匂いの誘惑は通常よりも厳しい。
しかも、ここしばらくまともなご飯も食べてないし。
でも、隠れてないと。
地響きが遠退いているから巨人は出ていったみたいだけど、まだ油断してはいけないし。
本能を必死に抑えるテムズの耳に聞きなれた悲鳴が届いた。
「うわぁぁぁぁぁ!」
「今の声……」
姉さん?
「や、やめろ! やめてくれっ!」
聞き間違えようがない。
姉さんの声だ!
まさか巨人と鉢合わせた!?
た、た、た、助けないと!!
テムズは武器――爪楊枝を握りしめると、勇気を振り絞り、弱った身体を起こして隙間から外へと走り出した。
「ああぁぁぁぁぁぁぁ!」
姉さんの悲鳴が近づいてくる。
早く、早く!
「ああぁぁぁぁぁぁぁ!」
「姉さん!?」
隙間から飛び出て声の方を振り向いたテムズは足を止めてしまった。
「や、やめろ!やめてくれっ!」
姉の声を察しているのはツルリとした四角い長方形の板だった。
無機質な板の表面はガラス質で、呆然とする自分の姿が写っている。
「ああぁぁぁぁぁぁぁー!」
その板はテムズがいることなど関係ないとばかりに、姉の声をひたすら発し続けていた。
こんなことになんの意味が?
異常な光景に足に根がはえて動けなくなったテムズだが、頭上に落ちてきた影にすぐ意味を理解した。
「み~つけた♪」
圧倒的な音量と威圧感に背筋が凍った。
なんで?
巨人は出ていったはず!
ギギギギ、と油の切れた人形の様にぎごちなく上を見上げたテムズは愕然とした。
巨人はベンチの上に気づかれないように座っていたのだ。
寝転んでいたが、死角になる位置に隠れ、自分がノコノコと出てくるのを笑いながら待っていたのか!!
(に、に、にげ)
逃げないと、とわかっていても足が動かない。
膝が笑って、腰が抜けそうになったテムズはヘナヘナとさっきまで姉の声で助けを呼んでいたいたへもたれてしまう。
「アハハハ! 小人って単純だね~♪ 仲間の声に誘われちゃった? それとも食べカスにつられちゃった? ちょっと椅子にのぼったら安心して出てくるなんてお馬鹿さんだよね~」
笑い声が背筋をゾワゾワさて、恐怖に身が凍りそうだ。
「ひぃぁ」
圧倒的なサイズ差はテムズの戦う気力すら奪い去り、爪楊枝が軽い音ともに床を転がった。
「じゃ、お仲間のところにご案内~♪ 仲良く死ぬまで私の玩具の刑で~す♪ ま、すぐに死ぬと思うけどね」
恐ろしい台詞を笑いながら言いはなった巨人の手が頭上から恐ろしい速度で落ちてくる。
あ、終わった。
そう感じたテムズは、逃げようのない力で叩きつけられ、意識を失うのだった。