(29) ぼくの住んでいる住宅地の外れ、鬱蒼とした鎮守の森がいまだに残っている高台に、小さな神社がある。普段は参拝客もほとんどおらず、たまに子供の遊び場になっているくらいの静かな神社だけど、縁日の夜だけはまるで違っていた。 本堂から響く、笛と太鼓の音。 境内には、石畳の参道を挟むように並ぶ屋台。 規模は小さいとはいえ、近所の親子連れやカップル、友人グループが行きかい、屋台を冷やかしたり、わたあめやかき氷を食べたり、夕涼みしたりして、祭りを楽しんでいる。 その中に―― 「行こう、お兄ちゃん!」 「う、うん!」 ぼくは日奈ちゃんと月乃ちゃんに両手を引かれて鳥居をくぐり、境内へと足を踏み入れた。 日奈ちゃんが、オレンジ色の地に朝顔柄の浴衣。 月乃ちゃんが、黒地に大輪の牡丹柄の浴衣。 そしてぼくは――昼間からずっと着ている、ピンクの花柄浴衣ドレス。 女子小学生たちはシンプルな浴衣――特に月乃ちゃんは大人びた色柄の浴衣なのに、ぼく一人だけいかにも女児めいた浴衣ドレスを着ているのは、あらかじめ覚悟していた以上に恥ずかしい。しかも――スカートの下のパニエの中は、いまだにノーパンのままなのだ。 つまりこのスカートがめくれたら、ぼくの恥ずかしい部分が丸見えになってしまう。女装よりもはるかに危険なスリルに、家を出た時から心臓はバクバクと鳴っていた。 なるべく歩幅を小さくして、ゆっくり歩きたいんだけど、二人に引っ張られているためそれもできない。転んだら間違いなくアウトだ。 「ふ、二人とも、もうちょっとゆっくり……!」 「だめだめ! 早く行かないと、終わっちゃうよ!」 「うん! お祭り、いっぱい楽しまないと!」 「ううっ、気持ちはわかるけど……」 ふたりに両手を握られているため、浴衣ドレスを押さえることもできない。無防備極まる絶体絶命で、でもなるべく表情に出ないように頑張っていると、 「あっ、金魚すくい! 月乃ちゃん、お兄ちゃん、いっしょにやろう!」 「うん!」 「う……うん」 日奈ちゃんの「お兄ちゃん」という呼びかけに、周りの人たちがぎょっとしたようにぼくを見る。シンプルな浴衣を着た女の子ふたりに挟まれて、一番背が高いのにふりふりピンクの浴衣ドレスを着ているだけでも目立つのに、「お兄ちゃん」と呼ばれているのだからそれは目立つ。 (お兄ちゃん? あの子、男の子なのかしら) (うそ~! あんな可愛い浴衣ドレスを着てるのに、男の子なの? しかも年上の……) (っていうかあれ、ひょっとして瀬川さんのところの息子さん? 最近女の子の格好をしてて、中学校にも女子制服で通ってるって話だけど) (えー、そうなんだぁ。っていうか、男子中学生があんな浴衣ドレスを、ねぇ……) ひそひそと囁く声。好奇と揶揄のまなざし。 ぼくは真っ赤になりながら――しかし心の奥底では、甘い戦慄を覚えていた。もはや日常となってしまった女装生活では、味わえなくなってしまった感覚だ。 でも気を付けないと。浴衣ドレスのスカートがめくれておちんちんを見られたら――囁かれる程度ではすまなくなってしまう。 なのにぼくは、日奈ちゃんたちに、金魚すくいの屋台の前に連れてこられていた。番をしていたのは、女子大生くらいのお姉さんだった。 「お、可愛いお嬢ちゃんたちだね。やっていってよ」 「うん! はい、おかね!」 「はいどうも~。これを使ってすくってごらん」 日奈ちゃんたちがお金を渡すと、お姉さんは笑顔で金魚すくい一式――紙皿とポイを二つ、それぞれに渡してくれる。 ぼくもお金を渡して受け取り、日奈ちゃんたちと一緒にしゃがんだところで。 (ま、まずい、これ……!) しゃがむと太腿が前方に出るため、浴衣ドレスのスカートも大きく広がる。中にパニエを穿いていることもあって、スカートの内側は完全に無防備な状態だ。すぅすぅと空気に撫でられている感覚は、お尻も太もももおちんちんも、スカートの下では丸出しの状態になっていることを告げていた。しかも足を開いた状態でしゃがんでしまったため、おちんちんは竿も玉袋も、太ももの下に垂れ下がっているような状態だ。 (これ、前からおちんちんを見られちゃうんじゃ……?) 慌てて膝を密着させ、前からは見えないようにする。不自然な体勢に膝がぶるぶる震えてしまうけど、背に腹は代えられない。 (一秒でも早く立ち上がらないと……!) ぼくはわざと乱暴に金魚をすくい上げようとして、ポイの紙を破いた。 両側の日奈ちゃんと月乃ちゃんがすぐに気づいて、 「あ、お兄ちゃん、破けちゃった!」 「もうちょっとゆっくりやらないと、すくえないよ~?」 「う、うん。失敗しちゃった……」 「お兄さん、金魚すくいは初めてかな?」 お姉さんは、ちょっと人の悪そうな笑顔で言う。ううっ、「お兄さん」なんて呼ばれると、逆に恥ずかしい。いや、「お嬢ちゃん」でも恥ずかしかっただろうけど。 「こういうのは、コツがあるんだよ。枠に半分金魚を乗せるようにするんだ。あと、あんまり無理な体勢で座らない方が良いよ。浴衣ドレスのスカートの中が見えてたって、あたしは気にしない――っていうか、なかなか乙な眺めだから。落ち着いてね」 「うっ……あ、ありがとう、ございます……」 言外に陰部が見えていることをほのめかされ、あまりの恥ずかしさに玉袋が痛いくらいに竦みあがって――結局ぼくは一匹も取れないまま、二つ目のポイも破ってしまったのだった。 (続く)