(27) 「はぁ、泳いだ~」 海水浴場に来てから1時間後。ひとしきり泳いだぼくと父さんは、母さんがいるビーチパラソルの下に戻ってきていた。波打ち際からも5メートルほど離れたあたりだ。 「もう、父さんったら、すぐに張り合おうとするんだから」 「そりゃあ、まだまだ、息――娘には、負けられ、ないからな」 大きく息をつきながらも強がる父さんに、ぼくはくすくすと笑う。 「そう? ぼくはまだ泳げるけど」 「な、なに、父さんだって、まだ……」 「ほらほら、パパ、もう無理はやめて、一休みして。裕ちゃんは?」 「ぼくは――えっと、まだもうちょっと……」 まだビーチパラソルの下で休むには早い。というより、なるべく日陰にはいたくない。海水浴場にいる間は、なるべく日差しの下にいたかった。 そんなぼくの気持ちを――あるいは意図を察したのか、 「ふふっ、わかったわ。でも、ちゃんとスポーツドリンクを飲んでいきなさい。それと、遊ぶなら母さんたちの目の届く範囲でね」 「は、はーい」 母さんからペットボトルを受け取って飲んでいると、 「あら、そちらが――」 すぐ隣のビーチパラソルにいた女性――母さんよりちょっと若いくらいの女性が、ぼくを見て声を上げた。 「ふふっ、そのお嬢ちゃんが『娘』さん? ずいぶんおませな水着で、可愛いわね」 「え、あの……あ、ありがとうございます。せ、瀬川、裕です」 「娘」に妙なアクセントを置いた言い方に、ぼくは背筋を寒くする。これ、本当は男子中学生だってバレてるやつだよね……? ぼくのひきつった表情に、その女性は「うふふ」と笑って、 「ふふっ、裕ちゃんって言うの。ちゃんとご挨拶できるなんて、えらいわね。まだ遊び足りないなら、うちの子と遊んであげてくれないかしら。咲耶、お姉ちゃんが遊んでくれるって」 「ほんとー!?」 ひょこっ、と女性の陰から顔を出したのは、日奈ちゃんや月乃ちゃんよりも年下――まだ小学校に入るか入らないか、くらいの女の子だった。 くりくりとした目に、ヘアゴムで短く括ったツインテール。大きなフリルがついたピンクの水着を着ていて、とっても可愛らしく―― (ぼくもこの子みたいにツインテールにして、この水着を着てみたいな……) っと、いけないいけない。最近すっかり、可愛い女の子の髪型や服を見るたびに羨ましくなってしまう癖がついている。気をつけなくちゃ。 ぼくは邪念を押し隠して、砂浜にしゃがみこんで彼女と視点の高さを合わせ、安心させるように笑顔を向ける。 「初めまして、咲耶ちゃん。よろしくね」 「うん! えーっと……」 「ぼくは、瀬川裕。裕、ってよんでちょうだい」 そう言うと、咲耶ちゃんはきょとんとした表情になって、 「裕……お姉ちゃん? それとも、お兄ちゃん?」 「えっ……あの……」 一瞬、男だってことがばれているのかと青くなる。 しかし咲耶ちゃんの母親が、 「裕お姉ちゃんよ。ふふっ、この子ったら、裕お姉ちゃんが『ぼく』って言ったから、ちょっと混乱しちゃったみたいね」 「あ……そ、そういうことか……ほっ……」 「そっか、お姉ちゃんなんだ~! よろしくね、裕お姉ちゃん!」 咲耶ちゃんはにっこり笑って、さっそくビーチパラソルから砂浜に向かって飛び出した。 「ま、待って、咲耶ちゃん!」 ぼくも慌てて、ペットボトルを母さんに渡してから咲耶ちゃんの後を追う。しかし探すほどもなく、彼女はすぐ目の前の砂浜にしゃがみこみ、砂で山を作っているところだった。無邪気な笑顔でぼくを見上げて、 「お姉ちゃん! 一緒に、砂のお城作ろ!」 「う……うん!」 ぼくも協力して、咲耶ちゃんと一緒に砂を積み上げ始める。まるで本当に女の子になって砂遊びをしている気分で、意外と楽しい。時々周りを見回すと、ぼくに向けられている奇異の目があることに気付いて、それもまたドキドキした。 数時間ほど遊んだ後、ぼくらは咲耶ちゃん母娘と別れ、海の家で軽く食事を済ませ、シャワーを浴びて、海水浴場を後にした。 そして、疲れた両親が早々に寝静まった、その日の夜。 「女の子になるなら身だしなみもちゃんとしなさい」と買ってもらったドレッサーの前で、ぼくはネグリジェをこっそり脱ぎ、三面鏡を見る。日焼け止めも塗っていなかったため、たった一日で浅黒く焼けたその肌には――くっきりと、海水浴場で着ていたビキニ水着の跡が残っていた。 ――海水浴に行くにあたってあのビキニ水着を選んだ、もう一つの理由。こちらもどうやら、無事に果たせていたようだった。 肌に残るブラの跡。男子にはありえないラインが残る、変態的な自分の体に―― 「うっ……」 ぼくは股間でむくむくと起き上がるものを握りしめたのだった。 (続く)