(26) 頭上から照り付ける日差し。目の前にはどこまでも続く水平線と、砂浜に寄せては返す白波。間近で聞くと意外に大きい潮騒の音や、生暖かい風に混じる磯の匂いさえも、不思議な高揚をもたらす。 眼前の光景に、ぼくはうっとりと呟いた。 「海だ……!」 ここは都内からも1時間ほどで来られるビーチだった。夏休みとあって大勢の人でごった返してはいたけれど、海は海だ。ちなみに車を運転してきた父さんは、母さんと一緒にビーチパラソルの下で一休みしている。 「ははっ、久しぶりだな」 すぐ隣には、源太の長身。ぼくと同い年とは思えない恵まれた体格に、迷彩柄の海パンがよく似合っていた。 いっぽうの、ぼくはと言えば。 「しかし……なかなか攻めた水着だな……本当に子供用か?」 「う……うん、いちおう……」 恥ずかしがって見下ろした自分の――源太とは比べるべくもない、本当に胸がなくて背の高い女の子のような体が着ているのは、黒い紐と紫のフリルで構成された三角ブラと、同色のビキニ水着――フリルがあしらわれたパレオもついていて、腰の左側にあるリボンのところが開いている。足元も女児用のビーチサンダルだ。 しかも布面積はやたらに小さい。サイズ150で、着用感はぴったりなはずなのに――ブラも、ビキニも、全体的にちょっと小さめなのだ。さすがにマイクロビキニというほどではないし、パレオもついているから、あまりきわどいことにはなってないけれど、それでもあちこちから視線を感じる。 「ちょ、ちょっと変かな……? やっぱり、別の水着に……」 「ま、大丈夫だろ。よっぽどのことがない限り、他人の水着なんて誰も注目しないし――それに、その、似合ってるしな」 「う……あ、ありがとう」 どうした源太。妙に照れたように言われると、こっちまでなんだか恥ずかしくなってくるじゃないか。ぼくたち、男同士たぞ。 それから一時間ほど、ぼくは源太と一緒に海を堪能した。波打ち際で水を掛け合ったり、砂遊びをしたり、気をつけながら少し泳いだり。芋を洗うような人混みは開放感に欠けていたけど、これはこれで悪くない。だって―― 「んっ……」 海から上がって砂浜に座り込んだところで、視線を感じたぼくはそちらを振り向く。見れば大学生くらいの男性数人のグループが、じっとこちらを見つめていた。ぼくのちょっときわどい水着に目が釘付けになっている様子だったけど、残念、ぼくは男だぞ。 でも、人に見られるのは悪くない。最近は学校でも普段でも、女装するのが当たり前になってきていて、ちょっと物足りない気分だったのだ。本当なら男だってこともバレれば、もっと昂奮するんだけど――なんて。 「やれやれ、楽しそうだな」 あとから上がってきた源太が隣にどっかと座り、呆れたように言う。 「ここのところ、女装してても前みたいに楽しそうじゃなかったが、今日は久しぶりに楽しんでるみたいだな」 「う……やっぱり、バレてた?」 「そりゃあな。おおかた、女装するのが普通になって、刺激が足りなくなってきてたんじゃないのか?」 「う、うん」 女装が当たり前になれば、気軽に女装できる。 でも女装が当たり前になれば――女装が、特別じゃなくなる。 ぼくが求めていたのは、女装という「非日常」だったんだ――女装が当たり前の生活を送るうちに、だんだんそれに気づかされていた。そしてそんな自分の変態さに、ちょっと落ち込み気味だったのだ。 「って、これじゃまるで変態だよね。女装したい、じゃなくて、女装を人に見られたい、なんて。しかも――その、男だとバレたうえで見られたい気持ちもあるなんて……」 「でも、裕一はそういう格好をしたいんだろ?」 「……うん」 「だったら、やめることはないさ。俺もできるだけサポートするし――もし行きすぎたら、その時は止めてやるから」 「うん……ありがとう、源――」 お礼を言おうとしたものの顔を見て言うのは恥ずかしくなり、視線を下ろしたところで――ふと気づく。 胡坐をかいて砂浜に座り込んでいる、源太の海パン――迷彩柄のその股間が、内側からのもので起き上がって、歪なテントを張ってしまっていることに。 真っ赤な顔を背けて、さりげなく両腕で股間を隠す源太に、 「源太……その……」 「……、すまん」 「まさか、あの、ぼくの、水着で……?」 「……すまん」 「……もしかして、今までもぼくの女装で、その、昂奮してたり、した……?」 「すまん!」 観念したように言う源太。その様子がおかしくて、ぼくは声を出して笑っていた。 「あははっ、そっかー。源太が、ぼくで……ふふっ……」 「……その、怒らないのか? 気持ち悪いとか、変だとか、怖いとかは……?」 「ん? 別に。源太なら構わないって。それに、ぼくが嫌だって言ったら、源太は無理強いはしないだろ?」 ぼくの言葉に、源太は心の底から安堵したように息をついて、 「っはぁー、安心したぜ。これで絶交なんてことには、なりたくなかったからな」 一瞬――ほんの一瞬、「無理強いされるのも悪くなさそう」と思ってしまったのは口に出さずにおく。いや、男同士で何をするのか、よくは知らないけど。 でも、そうか。ぼくが女装で興奮して、夜な夜なこっそり抜いていたのと同じように、源太もぼくの女装姿(下手すればパンチラ)を見て、ひそかに抜いたりしていたんだろう。そしてたぶんぼくと同じように、そんな自分に落ち込んだりしていたんだろう。 自分が源太のずりネタになっていたことに、不快感はぜんぜんなかった。むしろ―― 「ほら、源太!」 ぼくは立ち上がると、女児用でありながらちょっぴりオトナな黒と紫のビキニ水着を見せつけるように、源太の前に仁王立ちになって上体を逸らし――下から見上げたら、パレオの中まで見えそうなポーズをとる。 「いっぱいぼくの水着姿を見て、楽しんでくれよ?」 「裕一、お前なぁ……」 海パンの勃起を隠しつつ呆れたように言いながらも、目はばっちりぼくの水着姿に釘付けになっている源太。そんな親友の姿に、ぼくは心から笑ったのだった。 うん。たくさんの人に見られるのもいいけど――こういうのも、いいな。 (続く)