(22) 事件が起きたのは、期末試験も近づく7月初旬のことだった。 プールの授業の後、いつも通り女子の大半が着替え終わった後の女子更衣室で着替えようとしたぼくは――自分の着替えを置いたロッカーの異変に気付いた。 「あれ――スカートが、ない……?」 下着。セーラー上着。スカーフ。そのほかもろもろの着替えは入っているのに――スカートだけが、ない。心なしか、戻ってくる前より散らかっている感じもする。上着は丁寧にたたんで入れたはずなのに。 「え? スカートだけなくなってるのか? そんななくなり方、するか?」 「おかしいわね……しかも荒らされてるってことは、誰かが持って行ったのかしら? 念のため、他のところもちょっと見てみましょう」 凛と桃花にも手伝ってもらって、女子更衣室の中を一通り見てはもらったものの、やっぱり見つからない。 「誰かが持って行った……? でも、こんなの間違えるものじゃないし……」 「うーん……ちょっと、考えにくいな……少なくとも女子で、こういうことするやつに覚えはないし」 凛の言葉に、ぼくはうなずく。女装を始めてから二か月以上になるけれど、女子から嫌がらせされたことはない。むしろ休み時間のたびに「ちょっとこれ着てみて」と、着せ替え人形にされる日々だ。 「うん。そうなると、男子がこっそり忍び込んで持って行った……?」 「……そういえば、四方山と三善が今日は休んでたな。特に三善なんて、プールを休むなんて天地がひっくり返ってもあり得ないくらいなのに」 「たしかに。ときどき見えなくなってたし……」 あの二人か……確かにぼくが女装を始めてから、ずっとぼくのことを目の敵にしているんだ。凛と桃花が言っている通りなら、確かにあの二人が怪しいだろう。 でもその前に、 「どうしよう……このままの格好じゃ、更衣室から出ることもできないし……」 「うーん……とりあえず水着を拭いて、上からセーラー服を着る?」 「そ、それって……!」 凛の提案に、ぼくは顔を真っ赤にする。 桃花もすぐに、友人の言葉の意味を理解したようで、 「くすくすっ、いわゆるスク水セーラーね。ちょっと背徳的で素敵じゃない? さ、まずはスクール水着をよーく拭いておきましょ」 「う……いやでも、そんな格好で校内を歩いてたら、怒られるんじゃ……」 「大丈夫、教室に戻るまでの我慢よ。誰かしらジャージは持ってきてるだろうし、それを借りればいいわ」 「う……うん、わかった……」 恥ずかしかったけど、他に選択肢はない。ぼくはスクール水着をよく拭いてから、セーラー上着を羽織り、スカーフを結び、紺のハイソックスを履く。 けれどもちろん、下はスクール水着――水抜きがついた旧式スクール水着のままで―― 「あははっ、なんかマニアックな格好だな!」 「ふふっ、ほんとね。でも、教室につくまでの辛抱だから」 「うぅ……恥ずかしすぎるよ、これ……」 スク水セーラーなんて、グラビアやAV、エロゲ―意外ではまず見ないシチュエーションだ。プール以外の場所で水着ってだけでも十分なのに、上はちゃんと着ているにもかかわらず大事な部分だけという変態的なところが、余計に恥ずかしい。 でも、教室に行くまでの我慢だ――そう自分に言い聞かせ、ぼくは二人と一緒に女子更衣室を出て、3年生の教室を目指す。 途中、昼休み中の他の生徒たちにじっと見つめられて、 「あの男子、裕のことじっと見つめてるな。くくっ、今夜のおかずにされそうだな」 「う……か、からかわないでよ……」 恥ずかしい思いはしたものの、何とか教室に帰りつく。とうぜんこちらでもひと騒ぎあり、 「わぁっ、スク水セーラーってやつ? 初めて見た!」 「ほうほう、これはなかなか眼福ですなぁ」 盛り上がる女子たちと、遠巻きにじっと見つめる男子たち。くそっ、お前たちはぼくが男だってわかってるよな? 同級生の野郎のスク水セーラーをオカズにしたりはしないよな? ともかく一刻も早く、誰かからジャージを借りて着替えたかったんだけど、 「ジャージ? ごめーん、今日はもってないのー」 「今日はこのまま授業を受けたら?」 「大丈夫大丈夫、先生にはあたしたちからフォローするからさー」 「みんな……」 言葉を失ったのは、彼女たちのフォローに感動したから――では、もちろんない。ぼくのスク水セーラーを見たいがために一致団結する彼女たちにあきれ果てて、だ。 でもどうしよう。誰からも借りられないとなると、本当にこのままの格好で授業を受けることになっちゃう――ぼくが青い顔で、いっそ保健室に行って借りようかと考えていると、 「裕一、ほれ、ちょっとでかいけど俺のを使え」 「あ……ありがとう、源太!」 源太は目のやり場に困るように顔を逸らしながら、ジャージを渡してくれた。顔がちょっと赤いのは……いや、深く考えるのはやめよう。ともあれ、いまは感謝の一念だ。 源太は部活動があるから、基本的に毎日ジャージは持ってきているんだ。……まぁ、それを言ったら他の部活動がある女子たちもジャージを持ってきていないわけがないんだけど、追及するのはやめておこう。 「なーんだ、がっかり」 「ちぇー。昼休みの間くらい、スク水セーラーを見ていたかったのに」 「やっぱり本当は持ってたんじゃないか……」 呆れながらも、ぼくはさっそくジャージに着替え始めたのだった。 ――その間も、突き刺さるような三対の視線を感じながら。 (続く)