SS「セクハラジョークの代償」 火曜6限、文学部棟の教授室で開かれるゼミにちょっとした訪問者が現れたのは、間もなく夏休みに差し掛かろうという季節だった。 「教授、お久しぶりです」 一昨年までこのゼミにいたという卒業生のOBは、その腕に、1歳くらいになろうかという赤ちゃんを抱えていた。真っ先に反応したのは、参加者4人のゼミで唯一の女子――二年生の後輩、村田ゆかなだった。 「わぁっ、可愛い! 抱っこしてみていいですか?」 大はしゃぎで赤ちゃんを抱っこさせてもらい、ゆすったり、話しかけたりしてあやし始める。男性陣はその様子をほほえましく眺めながら、教授とOBの挨拶に耳を傾けていた。 ほんの数分の挨拶ののち、OBは赤ちゃんを抱いて教授室を辞した。 しかし後輩女子はなかなか興奮冷めやらぬ様子で、ゼミが終了した後もまだ夢見心地のようであった。 「はぁー、赤ちゃん可愛かったなー。私、赤ちゃん大好きなんですよね~。ぷにぷにで、もちもちしてて……はぁ、赤ちゃん欲しいなぁ~。できれば、女の子の……」 ふたりで並んで駅まで歩く帰り道、そんなことを言う後輩の姿に、俺は思わず悪い冗談を飛ばしていた。 「だったら、赤ちゃんを作ったら?」 言った瞬間、しまったと理解していた。かなりたちの悪いセクハラジョークだ。慌てて謝罪しようとすると、 「……そうですね。それも、いいかもしれません」 村田さんは思案顔で肯いてから、満面の笑顔で俺を見た。 「じゃあ先輩、協力してくれますよね? 作れって言ったのは、先輩なんですし」 「えっ……!?」 ドキッとした。いやそんな、まさかそういう展開になるなんて、予想もしていなかったんだ。先輩と後輩という距離感で、それなりに話したりはするけれど、いきなりそんなことを言われるほど親しくはない。 しかし、 「あ……ああ、もちろん」 「ふふっ、よかった。それじゃあこのあと、私の部屋に一緒に来てください。そこで、赤ちゃんを作りましょう」 朗らかに笑う後輩に、俺も覚悟を決める。実は前からこの後輩のことは、憎からず思っていたのだ。小動物系で可愛いし、真面目だし。 案内されたのは一人暮らしにはやや大きい2Kの部屋で、リビングに通された俺は緊張しながら上がり込む。もう一部屋の方はベッドルームにでもなっているんだろうか――そう思いながら、彼女の用意してくれたコーヒーを飲んでいた時だった。 ふいに、視界がかすむ。平衡感覚がなくなる。意識が遠のく。 ぐらりと横倒しになりながら、ノイズの走る視界に最後に映ったのは―― 「さようなら、先輩。そして――こんにちは、私の可愛い赤ちゃん」 そう言って笑う、村田さんの口元だった。 * 次に目を覚ましたのは、ベビールームの中だった。 明るい、パステルカラーの室内。頭上に揺れるメリーサークル。四方は白い柵で囲われ、すぐ近くには動物のぬいぐるみが並んでいる。 どう見てもベビールームだ。しかも、明らかにサイズ感がおかしい。身長170センチの俺が、柵のあるベビーベッドの中に入れられ、寝かされているんだから。まるで、オレが赤ちゃんであるかのように―― いや、まさか。 いくらなんでもそんなことがあってたまるか。 この口中に挿入されているもの。 体をぴったりと包む、まるでレオタードのようなラインの服。 そして――腰回りを包む、もこもこふかふかとした感触の何か。 まさか、そんな―― 「んっ、んーっ! な、なんだ、これ……!?」 慌てて口の中に入っていたものを吐き出して叫び、起き上がろうとするが、お尻がまんまるに膨らんでいるのと、両脚が閉じられないせいで、体を起こせない。手を使おうにも、袋のようなものでおおわれて手指が使えないため、上手く手をつくことができない。 どうして。どうして。どうして。俺がパニックに陥っていると―― 「おはようございます、先輩。ゆっくり眠れたようですね」 ふいに部屋のドアが開き、そう言って現れたのは後輩――村田ゆかな。いつも着ているシャツと細身のジーンズに、淡い黄色のエプロンを付け、にっこりと微笑んでいる。手には大きめのタブレットを持っていた。 それはまるで――母親の、ように。 「む、村田さん!? これはいったい、どういう……!」 「ふふっ、説明が欲しいって顔をしてますね、先輩。でもその前に――先輩の今の姿を見せてあげますね。その方が、話が早いですし」 そういうと、彼女は手にしていたタブレットを操作して――俺の目の前にかざす。 そこに映っていたのは―― 「え……!?」 女の子用と思われるピンクのロンパースを着せられた、大人――それも、男性の体。しかも腰回りは冗談のようにたっぷり膨らんで、白いタイツに包まれた脚を閉じることもできず、まるで蛙のように大股を広げている。顔はふりふりのついたベビーボンネットに包まれていて、「赤ちゃん」が眠っているときに撮影したものなのか、目は閉じたまま、口元にはおしゃぶりを咥えさせられていた。 しかしよく見れば、その顔は俺自身。大学3年生のくせにいまだに中学生高校生に間違えられる童顔だ。それはまるで、悪趣味なコラージュを見ている気分だった。 これが――今の、俺の、姿? 驚きに声も出せずにいると、ゆかなさんはにっこりと微笑んで、 「先輩のお言葉に甘えて、赤ちゃんを作っちゃいました。ふふっ、正確に言えば、先輩を赤ちゃんにしちゃったんですけど。言葉通り、協力してくださいね、先輩♪」 ――かくして、俺の「赤ちゃん生活」は幕を開けたのだった……。
Vardei
2021-11-18 18:38:09 +0000 UTC