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「雛祭りの呪い」(6)

  (6)  出かける支度を始めた母親を見ていた陽太だったが、ここに至ってようやく決心がつく。 「そ、その前に! 雛飾りって、片付けるときのルールとかあったっけ?」 「さぁ? あんまり長く飾っていると行き遅れるとは言うけど、そのくらいかしらね。ふふっ、ひなちゃんがちゃんとお嫁さんに行けるように、しっかり片付けないと」 「お嫁さっ……」  ウエディングドレスを着た自分の姿を想像して眩暈を感じたものの、 「つまり、いつまでも飾っておくものじゃないってことだよね? だとしたら、片付けても問題ない? 母さんの時は、いつ片付けてた?」 「そうねぇ。半日くらい飾って、すぐにしまってたような気がするわ」 「だったら……いま片付けちゃっても、大丈夫なんじゃ……?」  雛飾りを片付けて元通りになれば、少なくともこれ以上の辱め――女児服を着て、女の子として外に出たり、幼稚園の女児制服を買ったり、通園用品をそろえたり――からは免れるかもしれない。 (もし悪い事態になったとしても、それは片づけたら必ず起きることなんだから、早いか遅いかの違いじゃないんだし……) (片付けることが前提の雛飾りなら、しまっちゃっても問題はないはず)  ようやくこれで、恥ずかしい女児服から解放される――やや安心した表情で、陽太は和室に向かう。  そして改めて雛飾りに向かい合うと、最上段のお内裏様とお雛様を手に取って、ゆっくり雛壇から外した。  すると、たちまち―― 「……な、なにも、起きない……?」  変わらない。男子制服の代わりに着せられていたブラウスとジャンパースカートも、頭の左右に下がるツインテールも、なにも、かも。 「う、嘘だろっ……これが原因なら、片付ければもとに――」  陽太は真っ青になって、雛人形を段ボールの中にしまってゆく。しかし一向に戻荷は戻らず、最後に赤い毛氈の敷かれた雛壇だけが残るに及んでも、彼の姿はまったく変りないままだった。 「ど、どうして……」 「うーん、やっぱり」  少し遅れて和室に入ってきた後、陽太が適当に段ボールに入れた雛人形を改めて丁寧にしまいなおしていた母親が、気の毒そうに言う。 「雛飾りは、片付けることが前提だもの。飾った時点で『ひなちゃんは3歳の女の子』ってことになるだけで、それ以上の変化はないんじゃないかしら」 「つ、つまり、オレは……」 「ええ……言いづらいけど、また3歳から、それも女の子としてやり直さなくちゃいけないってことになるわね……」  沈痛そうに言う母親。  しかし陽太は白い目で、 「……ちょっと面白がってるでしょ?」 「あら、バレちゃった」  母親は明るい声で言うと、ペロリと舌を出した。 「だってお母さん、ずっと娘が欲しかったんだもの。可愛い女児服とか、ふりふりのドレスとか、赤い着物とか、入学式用のスーツとか――女の子だったら着せてあげられたのにっていつも思ってたのよ? そういえば、ひなちゃんって言うのも女の子用にと考えていた名前だったのよね。男の子だったから、慌てて陽太(ひなた)にしたんだけど」 「そ、そんなこと言われても困るよ! オレは男なんだから……!」 「ええ、だから今までは我慢してたって話。けどこれからはもう、この春に幼稚園に入園する女の子のひなちゃんなんだから、遠慮することはないわよね!」 「え、遠慮してよ……! せめて家の中でくらい、今まで通りに……」 「だめよ。お友達が遊びに来た時に変に思われるでしょ? 洗濯物だって男物が干してあったら、変な趣味があるってご近所さんに噂になっちゃうわ」 「オレの家にサイズの大きい女児服が干してある方が、よっぽど変だと思うんだけどな……」  頭を抱える陽太だったが、もはや逃げ場がなくなったことは受け入れざるを得なかった。 「うう……『飾ったらその家には3つの女の子がいることになる』だなんて、あの雛人形、とんでもない呪いがかかってるじゃないか……」 「呪いだなんてひどいわね。それよりも、これからは女の子として生活していくことになるんだから、言葉遣いやしぐさもちゃんと女の子らしくしないとダメよ。まずはママのことは、ちゃんと『ママ』って呼ぶようにしなさいね」 「まっ……こ、この年になってそんな呼び方……!」 「まだそんなことを……まずは自分の名前と、年から言えるようにしないとダメね」  母親はウキウキと、息子の顔に指を突き付けて、 「ひなちゃんはもう、3歳の女の子なのよ。さ、自分でも言ってごらんなさい。ひなちゃんは3歳の女の子です、4月から『しとやか幼稚園』に入園します――って」 「そっ、そんな恥ずかしいこと、言えるわけ……!」 「往生際が悪いわね。早く慣れないと、いつまでたっても恥ずかしい思いをするだけだし、幼稚園でお友達を作ることもできないわよ?」 「うぅ……」  ただでさえ恥ずかしいのに、幼稚園で孤立するのはさらに困る。陽太は恥ずかしさをこらえて、 「ひ、ひなちゃんは、3歳の、女の子、です……4月から、『しとやか幼稚園』に、入園します……」  自らそう口に出した瞬間、いよいよ心まで女の子になってしまう呪いをかけられてしまったような錯覚に陥る陽太だった。   (続く)


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