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「雛祭りの呪い」(4)

  (4)  桃瀬陽太は基本的に即断即決タイプだが、行動中に予想外の要素が加わると途端に迷うタイプである。優柔不断ともいう。  この時も、「雛飾りを片付ければ、女児化させられている今の状況が解決するはず」と意気込んではいたものの、ご近所さんの来訪――それも自分が幼稚園児になること前提でやってくるという不測の事態に、思考が一気に空回りする。 (ここで雛飾りを片付けて、本当に何もかも元通りになるのか?) (中途半端に女児化状態が解除されて、もっとまずい状況になるのでは?)  そんな不安から動けずにいると、 「あらあら、桜木さん。それに、メイちゃんも来てくれたのね」  陽太の後から降りてきた母親が、おっとりと笑う。 「ご丁寧にどうもありがとうございます。いま開けますね」 「ちょ、ちょっと、母さんっ……!」  さっそく鍵を開けようとする母親を、制止しようとする陽太だったが、 「こうなったら、仕方ないでしょう? とりあえずは話して様子を見たほうがいいんじゃないかしら。雛飾りを片付けるのは、あとからでもできるんだし」 「それは……そう、かもしれないけど……」 (でもこの格好を見られるのは、やっぱり、恥ずかしいって……!)  男子高校生でありながら、丸襟ブラウスにジャンパースカートとボレロ、髪型すらもツインテールという格好でいるだけでも恥ずかしいのに、それをご近所さんに見られるのは、およそ耐えがたい。  しかし逃げることも、雛飾りを片付けることも決断できぬうち、玄関のドアはゆっくりと開いていって―― 「こんにちは、百瀬さん。ひなちゃんも、こんにちは」  現れた桜木夫人はまだ若い、女子大生といっても通りそうな童顔の女性だった。緩やかにウェーブしたボブカットで、全体的にふわふわとした印象である。  彼女の視線に陽太は赤くなりながらも、 「ひ、ひなちゃん? お、オレのこと……?」 「あらあら、ひなちゃんったら、オレだなんて、男の子の真似かしら?」  桜木夫人はころころとおかしそうに笑うが、もちろん陽太は笑えない。 (桜木さん、オレの服装にはぜんぜん違和感がなさそうなのに、オレ呼びの方をおかしいと思ってる……「しとやか幼稚園」に入園するってのも、自然に受け入れてたし……) (もしかして、これ……) (オレのことを、メイちゃんと同い年のちっちゃい女の子として認識してる……?) (体もずっと大きい、ほんとうは高校生のオレを……)  状況から導き出される答えに陽太が青ざめていると、 「ほら、うちのメイもびっくりしてるわ。ほら、メイちゃん、ひなちゃんと、ひなちゃんのママにご挨拶は?」 「う、うん!」  ひょこっ、と桜木夫人の後ろから顔をのぞかせたのは、小柄な彼女の胸元ほどまでの背丈で、よく似たふわふわのボブカットをした少女だった。  そんな彼女が、着ている服は―― 「ひなちゃん、こんにちは! ひなちゃんのママも、こんにちは」 「ふふっ、こんにちは。ちゃんとご挨拶できてえらいわねー。それに、『しとやか幼稚園』の制服も、とっても良く似合ってるわよ」 「えへへー」  褒められて笑み崩れるメイ。  そう。彼女が着ているのは、大きな丸襟ブラウスに紺のイートンジャケット、赤系チェックのティアードスカートとリボンという、幼稚園の制服だった。頭にはつばのついた紺の通園帽子、胸元には「Tofu on Fire(炎の上の豆腐)」――もとい、赤いチューリップの形をした名札がついていて、そこには誇らしげに「さくらぎ めい」の文字が書かれていた。  桜木夫人は困ったように笑って、 「まだ着るには早いって言ったんだけど、すっかり気に入っちゃって、『ひなちゃんに見せる』って言って脱いでくれなくって」 「ふふっ、幼稚園に上がるのが、嬉しくって仕方ないのね」  ひとしきり笑った後、母親は陽太を振り返って、 「ほら、ひなちゃんもちゃんとご挨拶しなさい。メイちゃんみたいにちゃんと、ね」 「え、え……?」  「メイちゃんみたいにちゃんと」の部分にアクセントを置いて促され、陽太の顔が引きつった。 (つまりオレに、メイちゃんみたいな女の子のふりをしろってこと……!?)  無茶にもほどがある。というかシンプルに気持ち悪いに決まっていた。いくら男子高校生としてはやや小柄で、顔立ちも「女装したら似合いそうだな」と揶揄われる程度に女の子っぽいとはいえ、17の男である。幼稚園に上がる年の女の子と同じように挨拶をするなど、恥ずかしいにもほどがある。しかし、 (ほら、陽太。早くしないと、二人とも変に思うわよ?)  母親に小声で促され、いよいよ逃げ場がなくなる。 (ううっ……! 恥ずかしすぎるけど、ここで下手に抵抗して、中途半端に男子って認識が戻ると、その方がよほど問題だし……)  何しろ現状、女児服を着たツインテールの男子、という姿なのだ。桜木親子の「桃瀬陽太は女児である」という認識が外れてしまったらどんな展開になるか、考えたくもない。  そんな陽太にできることは―― 「め、メイちゃん、メイちゃんの、お母さん、こんにちは――」  精いっぱいの高い声で、女の子らしい拙い口調を作りながらそう言い、ツインテールを揺らしてお辞儀することだけであった。   (続く)


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