「思い出のワンピース」 8.アリス・イン・ハロウィン(1) 夏休みの終わりとともに、雪田博希は平穏な日常へと帰っていった。 学校に行って勉強し、友達と語らい、高校最後の学園祭の準備をして、受験に備える。たまに愛那と息抜きに出かけたり、友達と遊んだりもするが、夏休み中の出来事に比べれば出がらしのようなものだ。あれほど着ていた女児服に袖を通すことも、男性としての欲望を膨らませることもなく、夏休み前の「優等生」の顔に戻っていた。 あっという間に9月が過ぎ、10月の体育祭と学園祭も終わって、いよいよ完全に受験モードに突入した、下旬―― 「町内会の、ハロウィンの付き添い?」 母親の言葉に、博希は首をかしげた。町内会でそんな催しがあったとは聞いていない。 「ええ。ほら、今年から開かれることになったの。小学生くらいの子が中心だけど、ひとり大きい子に見てほしいってことで、ヒロくんにお願いできないかって」 「いいけど……なんで、ぼくに?」 「中心になったのが、ランちゃんたちなのよ。ほら、ドレス撮影の時に一緒になったっていう3人、覚えてるでしょ?」 「うん、もちろん」 少し表情を曇らせつつも、博希はうなずく。 「あの3人がやりたいって言いだして、親御さんのうちのひとりが町内会長だったから、じゃあ企画しましょうかってなって――ほら、今年の夏はおみこしが中止になったでしょ? そのかわりにって」 「ランちゃんたちが……」 「うん。だから博希お兄ちゃんにも、参加してほしいんだって。もちろん可愛いコスプレで」 「な、なんでそこでコスプレのリクエストがつくの!? ぼくはもう――」 「大丈夫よ、イベントなんだもの。逆に女の子の格好の方が、バレなくていいかもしれないわよ?」 「で、でも、まんがいち迷惑が掛かったら……」 「それは、女の子の格好で興奮するかもしれない――ってこと?」 母親の直球の言葉に、博希はさっと真顔になる。 「う……うん……」 「それも大丈夫。絶対にバレない方法があるから、安心して」 「ほ、本当に……?」 「ええ。博希も本当は、可愛い格好、続けたいんでしょ?」 「……うん」 博希はうなずく。 夏休みの終了とともに女児女装をやめてから2ヶ月近く。これまで通りの日々は、しかしいまの博希には、三文芝居を演じているかのように退屈なものだった。 可愛い女児服を見た時の感激、着た時の高揚、たくさんの人に見られる羞恥と興奮――そして勃起し、射精する快感と背徳感すらも、生の実感を与えてくれていたことを思い出す。 母親は安心したように微笑んで、 「なら、決まりね。31日の夕方だから、楽しみにしていてちょうだい」 「うん」 博希の胸が、2ヶ月ぶりの高鳴りに痛み始めた。 * 「それじゃあ、ハロウィンのルールについてお話するから、よーくきいてちょうだいね」 「はーい!」 町内会の事務所になっている建物で、ハロウィンイベント実行委員となった中森が、近所の子供たちに向かって説明を始めていた。撮影スタジオのオーナーとしては、こうしたコスプレイベントも商機ととらえているのだ。 「いまから町内をぐるっと回って、ハロウィンをはじめます。参加してくれるおうちの前には、『ハロウィン歓迎』のポスターが貼ってあるから、これを目印にしてね」 「はーい!」 「おうちの人が出てきたら『トリック・オア・トリート!』って元気よく言って、お菓子を箱に入れてもらってね。もらったらちゃんと、お礼を言うこと。あとは――」 ルール説明と注意事項を、素直に聞く子供たち。 彼らの格好は様々で、フランケンシュタイン、吸血鬼、魔女のようなお化け系の格好から、女の子はお姫様のようなドレスだったり、男の子は海賊だったりと、実に雑多な「コスプレ」である。 その中で―― 「博希お兄ちゃん、久しぶりの可愛い格好だね!」 すぐそばにいたランに小声で言われ、博希は消えいりそうな声で「ありがとう」と返した。 博希が着ていたのは、一番最初に作ってもらった水色のワンピースに、上から白いフリルエプロンを重ねた、アリス風のエプロンドレスだった。頭には大きな水色のリボン。足には白黒の二―ソックスと、水色のエナメルシューズ。スカートの中には、ボリュームを出すためのドロワーズまで穿いている。髪色が黒であることを除けば、完璧なアリススタイルである。 ワンピースの裾はかなり短かったが、フリルを付けたことで緩和されている。もっともそのせいで、いっそう女の子らしいデザインになってしまっていたのだが。 (ううっ、判ってたけど、やっぱり久しぶりだと恥ずかしい……!) 幸いなことに、子供たちは自分のコスプレや「お菓子がもらえる」ことに夢中で、あまり見られたり、揶揄われたりはしていない。ランとその友達2人に、「お兄ちゃん可愛い!」とはしゃがれたくらいだ。 しかしこれからご近所を回るとなれば、たくさんの人――それも顔見知りや友人に見られることは間違いないわけで、 (どうか、ぼくだってバレませんように……!) (続く)