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短編「雛祭りの呪い」(3)

  (3)  ほんの数分前、学校に出かける支度をしていたときは変わりなかったはずなのに、すっかり女児部屋と変わり果てた自分の部屋。  足を踏み入れることも忘れて立ち尽くしていると、 「あらあら、ずいぶん可愛いお部屋じゃない。いつの間にこんな改装したの?」  階段を上がってきた母親が、相変わらず呑気に声をかける。 「それに『ひなちゃんのおへや』だなんて……ふふっ、うちの子は陽太って名前の男の子じゃなくて、ほんとは女の子のひなちゃんだったかしら?」 「ば、馬鹿なこと言ってないでよ! オレの部屋がこんなじゃなかったの、母さんも知ってるだろ!?」  陽太は思わず振り返って声を荒げるが、 「まぁまぁ、落ち着いてちょうだい。とにかく、ちょっとお部屋を見せてちょうだいね」  母親は先に部屋に入ると、ひとしきり中を見回して、 「絵本に、ひらがなドリルに、制服――うーん、どう見ても幼稚園児か、幼稚園に上がる直前の感じねぇ。ほら、陽太もいらっしゃい」 「う、うん……」  陽太も不承不承、中に入る。  改めて観察すると、本当に女児部屋だ。ピンクを基調にした可愛らしい内装と、フリルやレース、ハートなどの女の子が喜びそうなデザインの家具。女児向けのアニメのグッズや着せ替えぐるみ、オープンラックに並ぶ女児服の数々も、男児の部屋ではまずありえない。  そして何より、いつもなら高校の男子制服があるべき場所にかかっている、幼稚園の女児制服一式。ただし―― 「でも、制服は今のあなたのサイズなのね。他のお洋服のサイズも同じだし、これなら毎日のお着換えにも困らなさそうじゃない?」 「着替えないからな」  陽太は取り付く島もなく言う。  いま着ているこの服――ブラウスに紺のジャンパースカートの一式でさえ、早く脱ぎたくてたまらないのだ。もうちょっとユニセックスな服があれば着替えただろうが、他の服も似たり寄ったりの女児服で、しかも色はピンクや黄色などのパステルカラーばかり。着替える気には毛頭ならない。 「もう、つれないんだから。……ちょっと、机の引き出しを開けてみてもいいかしら?」 「い、いいけど……」  引き出しの奥に厳重に隠しておいたエロ本のことが一瞬頭をかすめる陽太だったが、いまこの状況で入っているとは思えず、OKを出す。  母親は女児用勉強机の引き出しの上から二段目――貴重品などをしまっておくことになっている場所を開けると、中の書類を取り出した。 「ええと、なになに……『令和*年度、しとやか女子幼稚園入園要綱』……?」 「にゅ、入園!? しかもそれって、今年の――」 「ええ。来年度から、入園することになっているみたい。へぇ、『しとやか女子幼稚園』に、あなたがねぇ」  おかしそうに言う母親だったが、陽太は絶句するよりほかにない。  「しとやか女子幼稚園」は桃瀬宅のある住宅街からもほど近い場所にあり、名門のお嬢様幼稚園として近所でも有名だ。入園するには単にお金持ちというだけではなく、高度な知識と貞淑な振る舞いが求められる。 (あの幼稚園に、オレが入園――? 本当は17の、男子高校生のオレが……?)  たちの悪い冗談か悪夢としか思えず、とっさに頬をつねるが 「いてて……うう、夢じゃないのか……」 「ふふっ、これが現実みたいね」 「わ、笑ってる場合じゃないだろ!」 「ごめんなさい。でも、どうしてこんなことになったのかしら。さっきまで何もおかしなことはなかったのに」 「だよな。いつもと違うところといったら、母さんが雛飾りを――」  言いかけたところで、陽太はようやく思い出す。 「まさか、あの雛飾りを飾ったから……?」 「そんなことが――って言いたいところだけど、他に思い当たることもないわねぇ」 「よし、じゃあ片付けて来る!」  陽太は言うが早いか、部屋を飛び出して階段を下りて行った。こんなバカな状況は、一刻も早く終わらせたい。何しろこのままでは、高校に通うこともできないのだ。 (っていうか、幼稚園に通うことになってるんなら、高校生でもなくなってる……? いやいや、そんなバカな……!) (でも、今のこの状況が、「そんなバカな」としか言いようがないんだよな……うぅ、不安だ……!)  階段を降りきって玄関前にたどり着き、あとは和室へのドアを開けて、雛飾りを片付けるだけ――はやる気持ちを抑え、和室へと続くふすまに手をかけて、  ピンポーン――  鳴り響いたチャイムに、思わず動きを止めた陽太の耳に、 「おはようございます、桜木です。ひなちゃんが『しとやか幼稚園』に入園するって聞いたので、娘と一緒にご挨拶に――」  予想外の事態に、陽太は進退窮まって凍りつくのだった。   (続く)


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