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短編「雛祭りの呪い」(1)

  (1) 「おだいりさ~まにおひなさま~♪」  楽しそうに鼻歌を歌いながら、いそいそと動き回る母親を、高校生の桃瀬陽太(ももせ ひなた)はやや醒めた目で見つめていた。  洋室が多い桃瀬宅の一角にある、四畳半の和室。主に来客の応対などに使われることが多い一室だが、今日は中央の机をわきにどけ、あるものが設置されていた。 「どう? なかなか立派な雛飾りでしょ?」 「あ、ああ」  陽太は気の抜けた返事をする。  確かにそれは、今どき珍しいくらい本格的な雛飾りであった。赤い毛氈の敷かれた計七段の雛段。すでにお内裏様とお雛様を除いて、ほとんどの配置が終わっている。もっとも、陽太には二段目の三人官女、三段目の五人囃子くらいしかわからなかったが。  息子の鈍い反応に怒る様子もなく、母親は上機嫌で話し続ける。 「お母さんの実家で、代々引き継いだ雛飾りなの。陽太は男の子だったから今までは飾らなかったけど、たまには飾ってあげたいなと思ってね」  そう。今日は3月3日、雛祭りである。女の子の成長を祝う特別な日ではあるのだが、それはそれとして、 「そろそろオレ、学校行かないといけないんだけど、弁当を出してくれないかな」  雛祭りは祭日ではあるが、それで学校が休みになるわけではない。世間的には平日のこの日、高校生の陽太も学校に行かなければならないのだ。 「あら、そうだったわね。でも、もうちょっと待ってちょうだい。最後にお内裏様と、お雛様を置いて……」  マイペースな母親は、段ボールの中から最後の雛人形取り出して、それぞれ最上段に並べる。  お内裏様を、向かって左に。  お雛様を、向かって右に。  雛飾りが完成したその瞬間―― 「うっ……!」  ふいに世界がひっくり返るような眩暈に襲われて、陽太は頭を押さえる。前かがみになった時、肩に何か筆の穂先のようなものが当たる感覚に疑問を覚えたものの、そんなことに構っていられるような状態ではない。 「うん、これで完成ね。それじゃあ陽太は学校に――って、あら?」  ようやく陽太を振り返った母親は、目を丸くして、彼女にしては珍しい大声をあげた。 「どうしたの、陽太!? その格好――」 「う……ちょ、ちょっと、急に眩暈が……」  体調の不良を報告する陽太だったが、母親が続いて指摘したのは、彼が全く思いもよらぬ変事であった。 「そうじゃなくて――何で陽太、女の子の格好をしてるの!?」 「えっ……」  母親の言葉と、ようやく晴れてきた視界に映る自分の姿に、陽太は愕然と凍りついた。  高校への登校直前、とうぜん彼が着ていたのは、高校の男子制服だ。この辺りではそこそこな公立校の、紺のブレザーに臙脂のネクタイという制服である。  しかしいま彼の体を包んでいたのは、まるで似て非なる女児服であった。  男子用のカッターシャツは、小さなレースのついた丸襟のブラウスに。肩口にはギャザー、長袖の袖口にはフリルがついている。  紺のブレザーとズボンは、同色のジャンパースカートに。左右の腰には白いリボンがついていて、そこから下は3段のフリルスカートになっている。  臙脂のネクタイは、同色のリボンに。きれいに形の整った細いリボンが、フォーマルなセットアップにいっそう上品な印象を与えている。  白のショートソックスも、丈こそ同じものの女の子用の柔らかな生地のものになり、さらに履き口にはレースが広がっている。  どう見ても女児服、それもせいぜい小学校低学年くらいまでの女の子しか着ないようなフォーマルセットを着た自分の姿に、 「な、な、な――」  陽太は驚愕の声を漏らして顔をあげ――そのせいで、さらなるおのれの変化に気付く。  頭を動かした時に、その左右で揺れるもの。肩を撫でる、馬の尻尾のような毛の房。反射的に手を当てると、頭の左右からは長い髪の毛が垂れ下がっていて――逆に頭頂部から側頭部、後頭部にかけては、その髪の房を作るようにきっちりとひっつめられている。そして結び目には、ボールのようなものが二つずつついていて―― 「ど、どうなっちゃってるの、オレ!?」  あまりに現実離れした事態に、パニックになって叫ぶ陽太。  母親も驚いた様子ながら、 「うーん、口で説明するより、鏡を見たほうが早いと思うわよ」  冷静に、和室の角に置かれている姿見に近づくと、埃がつかないようかぶせられていた布をさっと取ってしまう。  あらわになった鏡面に移りこんだ自分の姿は――  顔立ちや体格こそ、元と変わらない。男子高校生にしてはやや小柄な160センチ半ば、やや柔弱な顔立ちはそのままに、しかし髪型と服装が一変していた。  やや伸びたスポーツ刈りは、赤いボールのヘアゴムで括られたツーサイドアップに。  そして高校の男子制服は、配色こそ似ているものの、女児服のブラウスとジャンパースカート、リボンのセットに。 「……………………」  あまりの出来事に声も出せないまま、陽太は呆然と鏡の中の「少女=自分」を見つめるよりほかになかった。   (続く)


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