「思い出のワンピース」 2.幼馴染は見た(2) 「新作」を着せられた姿を、母親の部屋にあるドレッサーの鏡で見てみる。 三面鏡に映りこむ自分の姿は、相変わらず自分自身とは思えない、サラサラの髪の毛をきれいに整えたボブカットの「美少女」。メイクもごく薄いが、それでもじゅうぶんに少女らしく、かえってリアルな印象すらある。 着ているブラウスとジャンパースカートも、最初にトルソーで見た通りの可愛らしさ。もちろん少女に比べると、腕も脚も胴体も長いため、若干の違和感はあったが、それがまた「男子高校生が女児服を着ている」感じが生々しかった。 ただ一つ、前のワンピースとの大きな違いは、 「今回のお洋服は、スカート丈がぴったりでしょ?」 「う、うん」 ウエストから大きく広がったギンガムチェックのスカートは、博希の膝の少し上くらいまでかかっていた。太ももの半分くらいまでしかなかったワンピースに比べれば、だいぶ長い。スカートそのものが恥ずかしいのはともかくとしても、普通に考えれば、こちらのジャンパースカートのほうがまだマシなはずだったが―― (なのに、なんで、ぼく――スカートが長いのを、残念に思ってるんだ……!?) そんな動揺を、しかし彼は言葉にはできず、 「ありがとう、母さん。ブラウスも、ジャンパースカートも、とっても可愛くて嬉しいよ」 「ふふ、よかった。でもなんだか、ちょっぴり物足りなさそうに見えたけど」 「う……そ、それは……」 博希が返事に窮していると、ふいにチャイムが鳴り響いて、母親は顔を上げた。 「あら、こんな時間に誰かしら。お母さんが出るから、ヒロはもう、お部屋に戻ってもいいわよ」 「はーい」 博希は脱いだワンピースを持って自室に引き上げ、壁のハンガーにかけておいてから、改めて勉強机の前のチェアにスカートをさばいて座り、自分の姿を見下ろす。 (ワンピースもよかったけど、やっぱり新しい服ってドキドキする……愛那が新しい服を欲しがってた理由が、いまならよく判るな。男子高校生が女児服に感じることじゃないけど) そう考えてちょっとおかしくなりながら、 「戻ったよ、愛那。――愛那?」 スマートフォンに呼びかけるが、返事がない。どうやら今度は、向こうが切っているようだ。 (向こうも何か用事が入ったのかな? まぁいいや、とりあえず新しい服で気分も変わったことだし、ひとりで勉強を――) と、テキストを開きかけた時だった。 トントントントンッ、と軽快な足取りが階段を駆け上がってきたのを耳にして、博希は背筋を凍らせた。 せっかちで遠慮のない性格を示すような足音とその主を、博希は知っている。そして、その足音が響いた直後に、いったい何が起きるのかを。 青い顔で部屋の入り口を振り返った次の瞬間、そのドアがノックもなしに大きく開いて、ポニーテールの制服少女――岡崎愛那が姿を現した。 「はーい、ヒロ! ヒロがあんまり思わせぶりだから、様子を見に来たわよ! さぁ、どうしてそんなに機嫌がいいのか、あたしに――」 顔を見せるなり軽快な口調でしゃべり始めた幼馴染。しかし、博希の姿を見た両目と、マシンガンのように言葉を飛ばしていた口が丸くなり、そのまま声を失う。 博希も腰を浮かせた状態で、逃げることも、言い訳することもできずに凍り付く。 横たわる沈黙の中、遠くからミンミンゼミの声が、妙に空々しく響いていたが―― 「か、か――可愛いっ!!!!」 愛那は普段の倍の声量で言うなり、博希のすぐ目の前にやってきた。少女の装いをした幼馴染を舐め回すように見つめ、 「どうしたの、その可愛い格好? まるで小学生の女の子みたいじゃない。また女の子になりたくなっちゃったの?」 「これは、その――って、また? またってなんのことさ!?」 「もちろん、10年前のことに決まってるじゃん。あたしとおそろいのワンピースを着てたヒロ、可愛かったなぁ……っていうか、あれ、あの時のワンピースじゃん」 壁にかかっているワンピースを見てあっさり指摘する愛那に、 「な、なんでそんなにばっちり覚えてるんだよ……ぼくはすっかり忘れてたのに」 「そりゃ、『あれが欲しいから買って』なんておねだりするヒロが、珍しかったんだもの。なるほどね、機嫌がよかったのは、こういうことだったんだ。何日か前にお母様があのワンピースをリメイクして、さしずめそれが2着目ってところ?」 「う……そうだけど……」 あっさりと看破されて、博希はまた赤くなった。 「ほらほら、うつむいてないで、せっかくだからもっとよく見せて。可愛く変身したヒロの姿を」 (続く)