短編「マネキンボーイ」(2)
Added 2020-10-15 02:34:37 +0000 UTC(2) 目指す家があるのは、高台の住宅街だ。川沿いにある秋生の家からは、長い階段を上がっていくのが最短ルートになる。 「えーっと、確かこの辺に……」 一度だけ亜美たちと一緒に帰ったことがあるので、おぼろげに家の場所は覚えている。しかしこの住宅地は、綺麗に整理された区画に同じような庭付き一戸建ての分譲住宅が並んでいるせいで、ほとんど間違い探しのようなものだ。うろうろと迷った末、ようやく目的の「佐々木」のネームプレートを見つけたのは、家を出てから30分近くたっていた。 門扉の横のチャイムを鳴らしておとないを入れると、 「はーい、どちら様ですか?」 インターフォンから帰ってきたのは、意外にも亜美本人の声だった。 秋生はどぎまぎしながらも、事前に考えておいた口上を述べる。 「高倉だけど――ええと、今日のテスト、オレのと佐々木さんのが入れ替わっちゃったみたいだから、返しに来た」 「あっ、気づかなかった! わざわざありがとう。玄関まで上がって、待っててくれる?」 言われた通り玄関前まで行くと、ドアが開いて亜美が顔を出し、にっこり笑う。 「ごめんね。高倉くんの家からだと、遠かったでしょ?」 その笑顔とねぎらいの言葉だけでも、30分を費やして辿りついた甲斐があったようなものだ。秋生の頬が、かすかに熱くなってくる。 綺麗な卵型の輪郭と、首筋にかかるくらいの艶やかなショートカット。長い睫毛に縁どられた大きな目に、くりくりと輝く黒瞳が愛らしい。手荒に触ったら壊してしまいそうに繊細な、人形のように整った彼女の造形に、目の輝きと頬の朱色が生気を吹きこんで、いっそうの魅力を与えていた。 ほっそりとした体に着ているのは、ところどころに赤いリボンがあしらわれた白のタートルネックカットソーに、赤いタータンチェックのジャンパースカート。これまたお人形さんのように可愛らしい彼女には、よく似合っている。 学校で一度は見ているとはいえ、改めて見とれそうになるのをこらえつつ、秋生は平静を装って言う。 「う、ううん。別に、大したことないから」 「でも、顔が真っ赤じゃない。急いできてくれたんでしょ? よかったら上がって、少し休んでいって」 彼の顔が赤いのは別の理由だったのだが、嬉しい誤算だった。思わず声を裏返し、 「い――いいの?」 「うん。お父さんもお母さんもいないし、遠慮しなくていいわ。さ、あがってちょうだい」 そういって、亜美は改めて玄関に招き入れる。 「お、お邪魔しまーす……」 さすがの秋生も殊勝な態度で、佐々木宅に足を踏み入れた。 そこは高倉家の玄関とは、比べるのもおこがましいほどきれいな空間だった。明るく開放感があり、掃除が行き届き、花が活けられ、壁には小さな絵画まで飾られている。思わず息をのんで見回していると、 「ふふっ、恥ずかしいから、あんまり見ないで」 「ごめん! その、うちと違って、綺麗だから……」 そういって靴を脱ぎ、女児用スニーカーの隣にそろえるようにして玄関に上がる。 「先に2階の、あたしの部屋に上がっててちょうだい。飲み物を用意していくから」 「さ、佐々木さんの部屋!? いいの?」 「うん。廊下の突き当りにあるから」 「わかった、先に行ってるね」 ドキドキしながらも、言われた通り先に2階へ上がる。まっすぐ進んだ廊下の先、最奥の扉には、確かに「あみ」のプレートがかかっていて、 「し、失礼します……」 思わず声に出しながら、ゆっくりドアを開くと、 「え?」 「へ?」 「あら?」 可愛らしい内装の部屋には、ふたりの少女。 しかもどちらも、下はショーツにトップレスというあられもない姿で―― 「きゃあああああああっ!」 絹を裂くような悲鳴が、閑静な住宅街に響き渡った。 (続く)