短編「JS落第いじめ」(1)
Added 2020-10-04 09:30:05 +0000 UTC(1) 噂の落第生 その噂は、新年度初日の5年1組の間を、ひそやかに駆け巡っていた。 クラスの中心グループ――常日頃から低俗下世話な噂話が大好きなグループは特にかまびすしく話し合っていたし、おとなしい子たちのグループや、果ては堅物の学級委員長までもが、その噂にまるっきり無関心ではいられなかった。噂の内容は荒唐無稽であると同時、万が一本当であれば、彼女たちの学校生活を揺るがしかねない内容だったからである。 曰く、明日ひとりの生徒が、この5年1組に編入されるという。 それも、ただの編入ではない。 エスカレーター式名門私立校、更科学園において、制度としては存在すれど実在しなかった――落第生なのだと。 (落第? 落第って?) (本当は高校生なのに、あたしたちと一緒にお勉強するの?) (そうなんだって。しかも――) 幼いながらも口さがないうわさ雀たちのトーンは、ここでさらに高まる。 (しかも――男の子、なんだって) 更科学園はもともと「更科女学園」という名の女子校だったが、近年の少子化の波に耐えきれず、数年前から順次共学化されている。 10年前には大学が。5年前には、附属高校が。 その附属高校の男子生徒が、落第して女子小学校に編入されるというのだから、ゴシップ好きの少女たちにとっては最高のエンターテインメントである。夢見がちな少女たちは「もしかしたらイケメンが来るかも」と淡い期待を抱き、一方で、気の弱い少女たちは「変な人だったらどうしよう」と不安がった。委員長も、クラスの治安や風紀の乱れに気を揉まざるを得ない。 クラスがざわつく中で迎えた、始業式の翌日。 彼――中津川明衣は、運命の日を迎えた。 * 「今日から新しく一緒に勉強することになった、編入生の中津川明衣くんです。見ての通り男子だけど――事情があって、みんな、仲良くしてあげてちょうだいね」 朝のホームルーム。 編入生を伴って担任教師の言葉に、少女たちは一様に困惑の表情を浮かべる。 その理由は、単にその編入生が高等部の男子制服を着ていたからというだけではなかった。 男子高校生にしては低い、160センチ半ばの華奢な体格。高校の男子制服が、借り着のように似合っていない。 サラサラの髪は首筋にかかる程度に長く、繊細な顔立ちと、柔弱な表情をしている。小動物のようにおどおどとした態度も、容姿にふさわしい。明らかに彼のほうが、教室に居並ぶ女子小学生たちにおびえていた。 (なーんだ) その時の少女たちの総意を一言で表すと、「拍子抜け」であった。 イケメンを期待していた少女たちの落胆。乱暴な男を恐れていた少女たちの安堵。しかし相手は6歳も年上の異性であり、完全に警戒を解くこともできない。そんな微妙な空気が流れていた。 「もちろん着替えは別の部屋でしてもらうことになるし、トイレも職員用のものを使うことになってるから、そのあたりは安心してもらっていいわ」 担任教諭はそう言うと、すぐに編入生の背中を押して、自己紹介を促した。 編入生は顔を上げ、顔色をうかがうように少女たちを見渡しながら口を開く。 「は、はじめまして、中津川、明衣です」 発された声も、16の男性とは思えないほど高い。 「もとは附属高校の1年生でしたが、定期試験で進級できずに、ら、落第して、附属小学校の5年生として通うことになりました」 クラスがざわめく。彼自身の口から「落第」の言葉が出るとは思っていなかったのだ。 「男子ということもあって、クラスのみんなには、不安をかけてしまうこともあると思うけど――精いっぱい頑張りますので、どうか仲良くしてください」 そういって、頭を下げる。 「……………………」 少女たちの表情から困惑の色は消えていなかったが、それでも自己紹介を終えた編入生に、流れのまま拍手で応えるべく手を上げかけて―― 「ちょっと、待ってちょうだい」 しかしそんな曖昧な空気を破却するように、ひとりの少女が凛とした声とともに立ち上がった。 (続く)