「井上君は『衣能』力者」(3)
Added 2020-09-26 09:20:38 +0000 UTC(3) その時、不思議なことが起こった。 けっきょく女子制服を着てテストを受けることになってしまった宗司。ただでさえろくに勉強してきていないのに、惨憺たる結果になることだろう――そう、思っていたのだが。 (あれ、解ける……) 問題に対する答えがほとんどすぐに出てくることに、宗司は戸惑っていた。 今さらな話だが、宗司は真面目に勉強するタイプではない。授業中の話は聞いているものの、ノートは適当で、ろくに予習復習もせず、宿題も友達(主に桐子)に写させてもらってばかりである。暗記科目はもちろん、計算科目も頭に定着するわけがなく、一夜漬けで赤点ぎりぎりを低空飛行するのがいつものパターンだったのだが。 (解ける、解けるぞ……! 俺にも解ける……!) 問題を読むだけでよどみなく答えが導き出される感覚に、 (でも、何でこんな……ほんとうに、勉強なんてぜんぜんしてなかったのに) (いつもと違うところといえば――) 怪しまれない程度に、チラリと視線を自分の体に移す。 男子用のものよりぴったりと肌に密着する、女子用のブレザーとブラウス。ネクタイの代わりに結ばれた、襟元のリボン。ミニスカートは座っていても頼りなく、座席の板が肌に密着している。 普通に考えればさらに落ち着きを失って、テストに集中できなくなりそうなものだったが、 (びっくりするくらい問題文が理解できるし、答えもすぐに出てくる――) 試験開始20分後には、宗司はすべての解答欄を埋め終えていた。ほかの生徒たちが必死になっているのを見るのは、ひどく新鮮な気分だ。 もっともそのせいで、残り30分は退屈を持て余し、女子制服を着ている恥ずかしさにもだえ苦しむことになってしまったのだが。 第1科目の試験終了後、 「あれだけ勉強してないって大騒ぎしてたのに、ずいぶん余裕だったみたいじゃん」 彼が試験中に退屈そうにしていた様子を見ていたのか、桐子があきれ顔でやってくる。 宗司も怪訝な表情でうなずいて、 「うん……いや、ぜんぜん勉強してなかったのは本当だからな!? なのになぜか、すらすら解けたっていうか……」 念のため、いくつかの問題で答え合わせしてみる。そのことごとくが正解で、宗司と桐子はそろって首をかしげた。 「なぁ桐子。今回の試験って、簡単だった?」 「いやー、少なくともあたしはいつも通りに感じたけど。もしかして――」 「もしかして?」 「……女子制服を着てたから、調子が良かったとか?」 桐子本人もまったく信じていない口ぶりで言った、そのときだった。 中休み中も熱心に単語帳とにらめっこしていた斎藤紀子が、聞きとがめたように振り返った。彼女はまるで、砂漠の真ん中で一杯の水を奪い合ってでもいるかのような、すさまじい形相を浮かべて宗司を――いや、宗司が着せられた女子制服をにらむ。 「な、なに?」 「……………………」 宗司の問いかけには答えず、紀子はぎこちなく元の姿勢に戻る。その動きは、さながらポーズを取らされるマネキンのようであった。 再びぶつぶつと呟きながら単語帳をめくる作業に戻った紀子に、宗司と桐子はいささか毒気を抜かれながら、 「……いやいや、そんなわけないだろ。それともこの制服って、そんないわくつきだったりするの?」 「ぜんぜん。お姉ちゃんから借りた、普通の制服よ。お姉ちゃんのご加護で――ってほど、成績もよくなかったし」 「そ、そうか……じゃあ、なんで……?」 「さぁ……? 理由はさておき、留年は回避できそうで、よかったじゃない」 「ああ、まったく」 女装している恥ずかしさはともかくとして、最悪の事態はまぬかれそうだ。 そんな宗司の隣の席で、 「ふぅん……」 紗織は小さくつぶやくと、何事か思いついたように、いたずらっぽく笑った。 (続く)