SS「逆転の日」(13)
Added 2020-09-16 11:47:17 +0000 UTC(13) 「わぁっ、可愛いー!」 「ほんとに、幼稚園の制服着てる……!」 「へへっ、写真撮っちゃおーっ!」 いつの間にか制服店に来ていたらしい女子中高生たちが、ぼくのいた試着室を取り囲んで待ち構え、幼稚園の女児制服を着たぼくの姿を見て、口々に黄色い声を上げ始めたのだ。 興奮気味に叫ぶ、ブレザーの少女。 驚きに絶句する、セーラー服の少女。 写真を撮り始める、ジャンパースカートの少女―― 顔がかぁっと熱くなってくる。井上さんに制服のことを知られたときも、着せられた上に抜かれた時も、妹に見られた時も恥ずかしかったけれど、こんなに取り囲まれて見られるなんて、完全に想定外だ。 「な、何で、こんなにたくさんっ……! やめて、恥ずかしいから、撮らないで……!」 慌てて顔を隠す。しかし少女たちはやめてくれるどころか、 「あははっ、ちょっとくらいいーじゃん!」 「うわぁ、制服から名札まで、完璧に幼稚園時になってる……ほんとに男子高校生?」 「ねぇねぇ、次は『お姉ちゃん』とのツーショットも撮らせてよー!」 さらに昂奮してスマホを向け、口々にリクエストを出し始める。しかもこの感じだと、本当は男子高校生だということもばれてるらしい。 慌てて試着室に逃げ込もうとするが、すで靴を履き終えた井上さんが立ちふさがっていて、 「おっと、逃げちゃだめよ、マキちゃん。これからはずっと幼稚園の制服を着て過ごすんだから、たくさんの人に見られて可愛がられるのにも、ちゃんと慣れておかないとね?」 「そ、そんなっ……!」 「ふふ、泣きそうな顔しないで、笑ってたほうが可愛いわよ。ね、『お姉ちゃん』?」 「うん! マキちゃん、わらってちょうだい!」 妹にまで慰められ、惨めな気分になる――いや、ぼくはもう、兄のマキではなく、サキ「お姉ちゃん」の妹の「マキちゃん」なのだと思いだして、ますます泣きたくなってくる。 そのぼくの肩に、ぽんと井上さんの手が置かれて、 「さ、マキちゃん。恥ずかしがらないで顔を上げて、『お姉ちゃん』と一緒にツーショットを撮りましょうね? これからはずっとその制服なんだし、たくさんの人に見られて、写真を撮ってもらうことだって、多くなるんだから」 「うぅ……」 そんなことを言われてすぐに決心がつくはずもなく、ぼくは通園バッグのベルトを握りしめ、泣きそうな顔でうつむく。そんなところまで本当に幼稚園児に戻ったみたいだと、いっそう情けない気持ちになっていると―― 「ほらっ、マキちゃん! なくのやめて、おねーちゃんといっしょに、おしゃしん、とろっ!」 ベルトを握るその手に、小さな手が重なった。 はっと顔を上げると、すぐ目の前に来た妹――いや、「サキお姉ちゃん」が、背伸びしながらぼくの手をつかんでいて―― 「ふふっ、ほら、マキちゃん。サキお姉ちゃんもこう言ってるんだし、泣かないで、顔を上げてちょうだい、ね?」 隣から井上さんが、優しく頭を撫でてくれる。 同級生の女子からさえも完全に幼稚園児扱いで、恥ずかしくて恥ずかしくて、たまらないはずなのに―― 「う…………」 ぼくは深呼吸をして、「サキお姉ちゃん」を見る。 紺の年長組制服を着た、「お姉ちゃん」。背はぼくよりずっと低い――すぐ間近だと見上げるような身長差なのに、なぜかしっかりした、「お姉ちゃん」らしい表情を浮かべ、「妹」であるぼくを安心させるように笑いかけている。 「ね、マキちゃん。なかないで、いっしょにおしゃしん、とろ?」 それに対してぼくはといえば、ピンクの年少組制服を着て、通園バッグのベルトを縋り付くように握りしめて、今にも泣きだしそうな情けない顔でうつむくばかり。これでは高校生のお兄ちゃんではない、服装そのままの幼稚園児、年少組の女の子といわれても、何一つ言い返せない。 しかもそんな風に女児扱いされることさえも、決して悪い気分ではなく―― 「う……うんっ……」 精いっぱい「妹」らしく返事をすると、 「えへへっ、マキちゃん、なきやめていいこだね!」 精いっぱい手を伸ばして、「お姉ちゃん」の手がぼくの頭を――といっても、側頭部までしか届かなかったけれど――撫でた。 ますます「妹」気分で、ぼくが恥ずかしさでいっぱいになっていると、 「ふふっ、これでサキちゃんとマキちゃんは、仲良し姉妹になれたわね」 「うんっ! ね、マキちゃん!」 「う、うん……」 ぼくは震える声で、「お姉ちゃん」にお礼を言う。 「あ、ありがとう、サキ、お姉ちゃん……」 口にした途端、恥ずかしさが、胸が破裂しそうなほどに膨れ上がる。 しかしその中に、かすかな喜びの萌芽が湧き上がってくるのを、ぼくは止めることができなかった。 この時――ぼくはサキお姉ちゃんの、妹になってしまったのだ。 (続く)