SS「逆転の日」(12)
Added 2020-09-15 07:39:29 +0000 UTC(12) それは、あまりにも対照的な光景だった。 リアル幼稚園児で、とうぜんぼくよりずっと背が低いのに、紺色の上下に赤いリボンという、小学生に近い年長組制服を着た、妹のサキ。 男子高校生としては小柄とはいえ160センチ近くあるのに、ピンクの上下に黄色いリボン、帽子もバッグも名札も完全装備という、この上なく幼い年少組制服を着たぼく。 ぼくらは互いの姿を、食い入るように見つめて―― 「わぁっ、可愛い! お兄ちゃん、すっごいピンクで可愛いよ!」 やがて妹が満面の笑みで叫び――ぼくは真っ赤になって、ちょうど下ろそうとしていた黄色い通園バッグの紐を握りしめた。 「い、いや、恥ずかしいから、言わないで――」 「あらあら、マキちゃんったら」 妹の隣で、母親がくすくす笑う。ぼくに幼稚園児の制服を着せる流れを作った張本人とはいえ、ぼくの姿を見てもまったく動揺していない。それどころか、 「ダメでしょ、可愛いって褒めてもらったんだから、ちゃんとお礼を言わなくちゃ」 「お、お礼……?」 「ええ。『お兄ちゃん』としてサキちゃんに言ってたこと、忘れたの?」 「う、う……!」 そういえばそうだった。妹にはいつも、「よその人に褒められたらちゃんとお礼を言うこと」と言い聞かせているのだ。 「いや、けど、でも――」 「でもじゃないでしょ、マキちゃん」 隣の井上さんも、にやにやと笑いながらぼくを追い詰めにかかる。 「年少さんの制服を着てるんだから、ちゃんと年少さんらしく振舞わないと。しかも、相手は年長組の『お姉ちゃん』なのよ?」 「ううっ……」 そういわれては、返す言葉もない。 しかもサキ――いや、「サキお姉ちゃん」は、きらきらと機体に満ちた目てじっと僕を見つめていて―― 「う、うぅ……あ、ありがとう、サ、サキ――お姉、ちゃん……」 「えへへー」 ぼくの言葉に、サキお姉ちゃんは笑み崩れる。 その隣で、お母さんもにこにこと、 「ふふっ、お姉ちゃんに褒めてもらえてよかったわね、マキちゃん」 先の頭を撫でて言い聞かせる。 「これからはサキがお姉ちゃんで、マキちゃんが妹なんだから、サキちゃんはマキちゃんのお姉ちゃんとして、ちゃんとお世話して、お手本になるよう頑張るのよ?」 「はーい!」 「マキちゃんも、サキお姉ちゃんの言うことを聞いて、きちんと年少組の女の子らしくするのよ。わかった?」 「う……は、はい……」 いまから本格的に「妹」扱いが始まるんだ――考えただけで、まるで取り返しのつかないことをしてしまったような緊張と不安が、背筋をぞわぞわと這いまわる。 「さ、靴も出してあるから、それを履いて出てらっしゃい」 「や、やっぱりこのまま帰るの……?」 「当然でしょ? 帰ったら、制服以外の持ってる服は全部処分するから、出しておきなさい」 「は、はい……」 もはや逃げ場もない。学校に行くとき以外は、ずっとこの制服での生活が始まるのだ。隣の井上さんも「ひゅーっ」と口笛を吹いて、 「わーお、徹底してるぅ。もしかして、お休みの日とかに遊びに誘っても、その制服で着てもらえるのかな?」 「えっ、そ、それは……!」 あまりにも恥ずかしい想像に絶句していると、代わりに母親が答える。 「ええ、もちろんよ。学校にはさすがに無理だけど、それ以外はずっと幼稚園児の『妹』として過ごしてもらうんだから。ふふっ、いずれは制服以外の普段着もそろえてあげるつもりだけど、当分は十分よね?」 「ううっ……そんなぁ……」 半ば自らの好奇心で、妹とおそろいの制服を作ってもらったのが原因とはいえ、あまりにも恥ずかしかった。 井上さんはにやりと笑って、 「やったぁ! それじゃ、そのうち遊びに誘うわね。ほかの友達にも、浅井くんの可愛い姿を見てもらわないと」 やっぱりそうなるのか――井上さん以外のクラスメイトの女子にまで、こんな恥ずかしい姿を見られるのかと思うと、いまから顔が熱くなってくる。 それでも、ずっとこの試着室に籠っているわけにもいかない。覚悟を決めて、目の前に用意された靴――女児用のローファーを履き、ついに立ち上がって、試着室の外に出た。 「え……?」 その瞬間、周りの状況に気が付いたぼくは、真っ青になって目を見開いた。 (続く)