連載小説「やりなおし」(40)
Added 2020-08-19 08:34:19 +0000 UTC1-3.欺罔 (11) 「ほーっ……」 歩実は魂ごと吐き出すように息をつく。 見られたのは間違いないが、何とか「気のせい」でごまかせたらしい。佑奈の困惑につけ入って欺いてしまった罪悪感はあるが、バレるよりはずっとマシだ。 急いでブラウスの裾を下ろし、ジャンパースカートを穿きなおそうとして、気付く。 「あっ……後ろ側が、汚れちゃってる……」 わざとおもらししたときか、あるいはその後か――判断はつかなかったが、ジャンパースカートの後ろ側の裾が濡れている。 「これだと、座ったときに椅子を汚しちゃうな……仕方ない。予備に持ってきた服に着替えようっと」 歩実は小さくため息をついて、リュックの奥にしまっておいた着替えを取り出した。 白とピンクの、セーラーワンピース。 襟と袖、裾のラインが淡いピンクで、襟元のリボンと、ウエストの細いベルトが赤という、涼しげながらも可愛らしいデザインのワンピースである。 (う……なんでよりにもよって、これを持ってきちゃったんだよ……) 射精した直後で冷静なこともあり、家を出るときの自分に思わず毒づく。しかし他に着る服もないため、 「ああもう、仕方ない……」 歩実は、自らの襟元の大きな白いリボンをほどき、ブラウスも脱いで、キャミソールと紙おむつだけの姿になる。そしてセーラーワンピースの前ファスナーを下ろし、ベルトの金具を外すと、頭からかぶって袖に手を通し、頭を出した。 「ふぅ……」 ブラウスとジャンパースカートに比べるとだいぶ余裕のあるつくりで、スカートの裾も、太腿の半ば近くまである。おむつが見える心配もないし、着てる分にはこちらのほうが楽だった。何より涼しい。 「母さんにむりやりスーツを着せられたけど、最初からこっちにすればよかったな……」 しかしデザインの可愛らしさは、スーツにも劣らない。むしろゆったりとしたラインのせいか、まるで幼稚園の夏制服のようにすら見えるほどで、 「う……だ、出したばっかりだって言うのに……」 おむつの中でうごめく気配に、歩実は再び深呼吸する。スーツからワンピースに変わり、味覚で言うところの「舌が変わった」とでも言えばいいのだろうか、再び性欲が疼き始めたのである。 それでも先ほどのように、勃起しているわけない。多少むずむずするが、じゅうぶんに我慢できる範囲内だった。 (ピンチだったけど、何とかなった……) (よし、もうこれで勃起はしないだろうから、後はレイカさんから残りの話を聞いて、それで終わりだ) 汚れ物を入れたビニール袋をリュックの底にしまい、畳んだブラウスとジャンパースカートをその上に入れ直した歩実は、改めて間仕切りの向こうに声をかける。 「レイカさん、終わりました」 「そうか。くくっ、ずいぶんとすっきりしたようだね」 影からレイカが顔を出し、揶揄うように言う。 「う……」 「こちらもちょうど、キリがついたところだ。部屋に戻って、説明の続きを始めようか。……そうそう、実はもう一人、合宿に同行してもらうスタッフがいるんだ。一足先に、紹介しておこう」 (奥にいた、打ち合わせの相手か) (ぼくが男だって説明してあるのかはわからないけど、とりあえずちゃんと女の子の振りをしないと――) 身構える歩実の前で、レイカは間仕切りの奥に声をかける。 「来たまえ、恭子くん」 「はい」 それは、完全な不意打ちだった。 呼ばれた名前。響いた声。 そして、姿を見せた人物に――歩実は再び、驚愕に凍り付いた。 全身から血の気が引き、指一本動かせぬまま壊死してしまいそうな感覚に襲われる。口を開くことはおろか、呼吸することもままならず、ただただその場に現れた――いや、先ほどから間仕切りの向こうにいた「彼女」を見つめる。 「おや、どうしたのかな、歩実ちゃん?」 レイカは首をかしげてから、 「ああ、そういえば今まで、同行するスタッフのことは話していなかったね。大丈夫、彼女にもキミのことは話してある。だから安心して、合宿に参加するといい」 そんな説明も、歩実にはまったく聞こえていない。まるで、意識がどんどん遠ざかっていくようだった。 なのに―― 「初めまして、川島歩実ちゃん」 凛と涼やかなその声だけは、はっきりと彼の耳に届いた。 意志の強そうな、切れ長の猫目。 丸顔でやや童顔ながらも、大人びた雰囲気。 ポニーテールに結い上げた、豊かな黒髪。 半袖ブラウスにスカートという高校の夏制服を着た彼女は、 「今回の合宿のお手伝いをすることになっている、楠本――広瀬恭子よ。よろしくね」 そういって、口元だけで笑い――しかしその目は笑うことなく、じっと歩実を見つめていた。 (続く)