連載小説「やりなおし」(36)
Added 2020-08-14 08:17:13 +0000 UTC1-3.欺罔 (7) 「――**区立第二小学校三年、五十嵐千絵よ。千絵って呼んでちょうだい」 新たに入ってきた少女は立ったまま、そう名乗った。 身長は佑奈よりさらに数センチ低く、浅黒く日焼けしている。露わになっている腕や脚には雌鹿のような細くしなやかな筋肉がついていて、実に健康的な印象だ。 顔立ちそのものは小動物系で、ぱっちりした目もとが愛くるしい。しかしその目は、この中で最年少とは思えない意志の強そうな光をたたえて、年上の歩実たちに対しても一切ものおじすることなく正面から見返していた。 髪型は歩実と似たショートカット。佑奈や歩実に比べても艶がなく、毛先もそろっていないため、まるで少年のようだ。 しかし男の子ではない証拠のように、着ているのはいわゆる小悪魔系のコーディネート。袖口にフリルの付いた黒いタンクトップのフロントには、ピンクのラメでポップでロックな印象の少女が描かれている。スカパンも黒フリルにピンクのレースで、足元も同色のスニーカーとソックスのコーディネートだった。 「趣味は動画の投稿とウインドウショッピング、特技はスポーツ全般。合宿に参加するのは、お世話になってる伯父さんたちに迷惑を掛けたくないから。よろしくね」 「よ、よろしく」 ごくごくスタンダードな自己紹介に、歩実は思わず佑奈と視線を交わす。もちろんすでに歩実はスカートを下ろし、佑奈はパンツを穿きなおしていた。 (うう、佑奈ちゃんどころか、ぼくよりもしっかりしてそう……) 歩実は敗北感をおぼえつつも、まずは「年長」の自分から自己紹介を返すことにする。 「初めまして。舘川市立第五小学校6年生、川島歩実です。趣味は読書――本を読むことと、美術館や博物館に行ったりすることです。特技は絵を描くことで、合宿に参加するのは、緊張するとお、おもらししちゃうからです。よろしくお願いします」 「第五小学校」は、かつて歩実が通っていた(数日前にも「通学」させられた)小学校だ。丁寧に言って頭を下げると、 「ふぅん。ずいぶん可愛い服が好きなのね」 千絵にも佑奈と同じことを言われて、歩実は赤くなってうつむく。しかし、 「いいじゃない。背は高いけど似合ってるわよ、歩実ちゃん」 「え? あ、ありがとう」 思いのほか真っ直ぐ褒められて、かえってお尻がむずむずする歩実だった。 さらに思わぬ反応をしたのは佑奈で、 「えっ、歩実お姉ちゃんも、館川なんだ! しかも第五ってことは、あたしの家からも近いかも!」 「そ、そうなの?」 「うん」 うなずいて、改めて自己紹介を始める。 「あたしは館川第二小学校4年生の、広瀬佑奈です。趣味は――歌を歌ったり、ダンスしたりすること、かなぁ。特技……うーん……特に、ないかも……合宿に参加するのは、……の前に、治しておきたかったから……です」 後半は真っ赤になってうつむき、とぎれとぎれの小声だったためよく聞こえなかったが、歩実も千絵も、あえて訊き返すような意地悪なことはしなかった。 むしろ歩実のほうは、別のことが気になってそれどころではなかったといったほうが正確かもしれない。 (二小――って、確かにうちのすぐ近く……恭子が通ってたのが二小だったはず……) (まさか……いや、そんなまさか、ね……苗字も違うんだし……) 歩実が動揺している間に、千絵は彼の隣――まだ空いている下座側の席について、 「くすっ、よろしくね、歩実ちゃん、佑奈ちゃん。聞いた通り、他の参加者が女の子ばっかりで安心したわ」 「うん! よろしくね!」 「う……うん、よろしく」 彼を女子小学生だと信じて疑わない二人に、男だとバレないよう努力した成果とはいえ後ろめたさをおぼえつつも、ホッとしながら返事をする歩実。 しかしその安堵も、数秒とは続かなかった。 「それより――さっきチラッと見えてたんだけど、歩実ちゃんの紙おむつ、前のほうが膨らんでなかった? もしかして、もうおもらししてるの?」 「えっ――」 千絵の指摘に、歩実は青ざめる。 まだおもらしはしていないが、前が膨らんでいるのに心当たりはある。先ほど佑奈に触られた刺激が、遅効性の毒のように欲望を震わせて、かすかに――ソーセージ程度の硬さと弾力を持ち始めていたのだった。 さらに佑奈まで、興味津々に目を輝かせながら、歩実のスカート――その裾からちらりと見えているおむつを見つめ、 「えっ、歩実ちゃん、おもらししちゃってるの?」 千絵につられたのか、呼び方が「歩実お姉ちゃん」から「歩実ちゃん」になっていたが、歩実は気にしなかった。むしろはるかに重大なのは―― 「ってことは、おもらしサインの色が変わって、字が浮かび上がってるんだよね!? ねぇねぇ、見せて、見せて!」 「ち、違うよ、これは――」 慌てて否定したものの、すぐに反対側の千絵からツッコミが入る。 「じゃあ、なんでおむつの前が膨らんでたの?」 「それは――」 絶体絶命のピンチに、歩実が言葉に詰まっていると、 「や、みんなもう、集まってるね」 奥へと続く部屋のドアが開き、スーツに白衣を羽織ったボブカットの女性――レイカが、分厚い書類を手に姿を現した。 「三人とも、さっそく打ち解けているようで何よりだ。自己紹介は済ませたのかな?」 「は、はい」 「なら話が早い。さっそく、合宿の説明にかかろう」 「はーい」 元気よく返事をする少女たちと、持って来ていた書類――合宿に当たっての資料を配布するレイカに、 (た、助かった――) 歩実は胸をなでおろす。しかしおむつの中では、不吉な気配が蠢動するように、強張りかけた勃起が疼いていた。 (続く)