連載小説「やりなおし」(34)
Added 2020-08-12 08:53:08 +0000 UTC1-3.欺罔 (5) 「ふぅー……」 レイカの事務所まで来た歩実は、ドアの前で大きく深呼吸する。 身体を見おろして身だしなみを確かめ、コンパクトで化粧や髪型をチェックする。どこからどう見ても、ちょっとサイズの合わない入学スーツを着た女の子――ただし身長150センチ越え――だ。 (よし、大丈夫――いや、男子高校生としてはぜんぜん大丈夫じゃないけど……) しかしここまで来たら、引き返すことはできない。覚悟を決めて、ドアをノックする。 「お、おはようございまーす……!」 開けてすぐの一室は、先週も来た応接室。部屋の中央に折り畳み式の長机が2台、向かい合わせに置かれていて、パイプ椅子が上座側に2つ、下座側に3つ、隅に着替え用のスペースとロッカーがあるだけの部屋だ。 ただし先週と違うのは――すでに下座側に、一人の少女が座っていた。 「あっ、おはようございます」 彼女も立ち上がり、礼儀正しく頭を下げる。 歩実よりも頭半分ほど低い、身長130センチ半ばほど。童顔で、目元はやや釣りあがった猫目なのだが、おどおどした表情のためきつい印象はない。柔らかな栗色のミディアムヘアを、ハーフアップに結い上げている。 着ているのは、スタンドカラーの楊柳チュニック。色はナチュラルなオートミールで、ゆったりした七分丈の袖口や裾に、ブラウンのステッチがぎざぎざに入っている。下はデニムの七分丈スキニーパンツで、裾の折り返しが花柄になっていた。足元は、レザーのグラディエーターサンダルだ。 彼女は歩実を見てすぐに、 「あの、お姉さんも、合宿の参加者――ですよね?」 「う、うん。あなたも?」 「はい。広瀬佑奈、小学四年生です。よろしくお願いします」 そう言って、少女はぺこりと頭を下げる。 「川島歩実、六年生です。よろしくね」 歩実も慌てて、挨拶を返す。 しかし内心では、動揺を押し隠すのに精いっぱいだった。 (ユウナ――って、たしか恭子の妹の名前が、ユウナだったような……あんまり顔を合わせたこともなかったけど、年頃も確かこのくらいで……) (まぁ、よくある名前だし、ただの偶然だろうけど。何より、苗字も違うんだし。ちょっと前に顔を合わせたからって、神経質になってるのかな……) そう考えて、無理やり自分を納得させる。 佑奈のほうも、まるで何か心当たりがあるかのように軽く首を傾げたものの、 「かわしまあゆみ――うん、よろしくね、歩実お姉ちゃん。でも――お姉ちゃん、すっごく可愛い格好だね。6年生なのにピンクのふりふりで、入学式の子みたい」 「う……あ、ありがとう……佑奈ちゃんも、オシャレだね。すごく大人っぽくて」 「えへへ、ありがとう」 歩実は赤い顔で、佑奈の隣に座る。ちょうど下座側、真ん中の椅子だ。その拍子に、 「あっ……歩実お姉ちゃん、ひょっとして、いまも――」 見えてしまったのか、佑奈は指摘しようとして言いやめる。初対面で指摘していいものかどうか、悩んだのだろう。 しかしほとんど言われたも同然。歩実はますます赤くなって、 「う、うん……あたし、おむつ、当ててるの……」 「あ、やっぱり! 歩実お姉ちゃん、大変なんだね……」 佑奈は気の毒そうに言う。しかしその声音に、かすかに嬉しそうな響きがあるのを、歩実は聞き取っていた。さらに興味津々、瞳を輝かせながら身を乗り出し、歩実のスカート――その裾からちらちら見えている紙おむつに視線を向けている。 「ねぇ、歩実お姉ちゃん。さっきちらっと見えちゃったけど、すっごい可愛い紙おむつをつけてるんだね。どんな感じなのか、ちょっと、見せて欲しいなぁ」 「み、見せるって――」 「うん。スカートをめくって、おむつを見せて欲しいの。ダメ?」 少女の無邪気なお願いに、歩実はぞくっと背筋を震わせる。 普通に考えれば、とても「はい判りました」と答えられるお願いではない。スカートをめくって穿いているおむつを見せろというお願い自体が、ぶしつけである。 まして歩実は本当は男子高校生である。女児用スーツを着ているだけでも恥ずかしいのに、それを自らの手でめくって、つけている女児用紙おむつを見せるなど――羞恥に脳が沸騰して、内圧が上がるような錯覚すら覚えてしまう。 そもそもおむつを見せるだけならば、なにもスカートをめくる必要はない。リュックの中には予備のおむつが何枚か入っているのだ。それを見せれば事足りる話である。 しかし―― 「う、うん……」 歩実は自分でもよく判らないままに、椅子から立ち上がっていた。 覗き込む佑奈の前で、自らスカートの裾を摘まみ、ゆっくり持ち上げてゆく。さいわいなことに、まだおむつの中のものは勃起していない。いまなら直接見られたとしても、その下に生えているもののことはバレないだろう。 やがて露わになったおむつの前側に、 「わぁっ……」 佑奈は可愛い洋服を見せられた少女のように、賛嘆の声を上げる。 「かわいいっ……! 前のところがモコモコしてて、ハートとイチゴで……お股のところに、ハートもついてるんだねっ」 「う、うん。そのハートはおもらしすると色が変わって、『おもらししたよ』って文字が浮かび上がるようになってるの」 歩実は恥ずかしさをこらえて説明する。 「へぇー、すっごーい! おもらしすると、分かるようになってるんだぁ!」 佑奈は口に手を当て、昂奮気味に言う。 そこまでの反応は、歩実の想像の範疇だったが――次の瞬間、彼女は歩実が想像もしていなかった行動に出た。 歩実のおむつに手を伸ばし、その表面に、指先で触れたのである。 (続く)