連載小説「失禁改善合宿(仮)」(15)
Added 2020-07-19 06:57:05 +0000 UTC1-2.邂逅 (1) 川島歩実が自宅玄関のドアを、これほど重く感じたことは、いまだかつてなかった。 もちろん扉自体が重くなったわけでも、歩実が非力になったわけでもない。単純に心理的な問題に過ぎないのだが――その心の重さが、そのまま質量に変換されたかのようだった。 「はぁ……」 開け放つ決心がつかぬまま、自分の体を見下ろしてため息をつく。玄関の土間に立ってからはや5分、何度目になるか判らない。 「もう、いつまでそうしてるつもり?」 焦れた声で、母親が言う。彼女もまた、歩実が靴を履いてから5分間、ずっと出かけるのを待っているのだった。 「大丈夫よ、どこをどう見ても、女子小学生にしか見えないから。あとは歩き方に気を付ければいいだけなんだから、堂々としてたほうが、かえって目立たないわよ」 「そ、それは判ってるんだけど……」 服装自体は、昨日事務所で着せられたものと同じである。袖口がギンガムチェックの切替フリル、フロントに大きく女児服ブランドのロゴが描かれているTシャツに、三段ティアードスカパンのセット。足元のソックスとスニーカーも、きちんと女児用のそれだ。下着も女児用の紙おむつで、腰回りのシルエットを膨らんで見せていた。 さらに顔も、母親に軽く化粧をしてもらっている。ファウンデーションで肌理を整え、眉毛と睫毛を弄り、淡い色のリップクリームをつけただけだが、ちょっとおませな女子小学生風のメイクに仕上がっていた。髪も昨日、女子大生に整えてもらっていたし、ちゃんとブラシも入れたおかげで、ショートカットの女の子風である。 だから、歩実にも判っているのだ。仮にこのままの格好で外に出ても、何も知らない人からは、女子小学生に見えること間違いなしだと。 「でもやっぱり、心の準備が……!」 「なんでそんなに緊張してるの。昨日だって、その格好で外に出たんでしょ?」 「き、昨日は完全に出先だったから、逆に……でもうちからだと、ご近所さんや友達に見られたらって思って……」 「だから、今のあんたをみても気付かないから大丈夫だって。もし見られて訊かれたら、親戚の子だとでも答えておけばいいじゃない。もしくは歩実の彼女ですとでも言えば」 「う、それもそれでなんか嫌だ……っていうかそれ、ぼくがロリコンってことになっちゃうじゃん! 女子小学生の振りをしてるのがバレるよりずっとヤバいって!」 歩実の抗議にも、母親は鼻を一つ鳴らしただけだった。 「はいはい、とにかく行ってらっしゃい。あんまりぐずぐずしてると、かえってお店が混んじゃうわよ? 開店直後に行った方が、お客さんも少ないんだから」 「う……」 これは母親の言い分が正しいことを、歩実を認めざるを得なかった。 事務所に行ってから一夜明けた今日。本格的に女児女装生活を送るにあたっての準備のため、歩実はあちこちに出かけて、必要なものを揃えることになっていた。 その手始めが、近所にあるファッションセンターである。 何を言うにも、まず女児服の数が圧倒的に足りていない。通販で取り寄せるにしても時間がかかるうえ、母親も「自分の服なんだから自分で見て来なさい」というポーズのため、やむなく自分で買いに行くことになったのである。 (……なんて、ね) (自分で買いに行くのも、ちょっと楽しみではあるんだけど) (でも――それはそれとして、やっぱりこの格好でご近所を歩くのは、ちょっと恥ずかしすぎるって言うか……) けっきょく堂々巡りの最初に戻ってきて、歩実はまた深呼吸する。 「はぁーっ……じゃ、じゃあ、今度こそ、行ってきます」 「はい、行ってらっしゃい。ちゃんと一通り、買ってくるのよ。服だけじゃなくて、靴やバッグ、下着なんかもね。なるべく女子小学生っぽいのを」 「う、うん」 「下着」と言われて赤くなりながらも、歩実はついに決意を固めて、何度目か、玄関ドアのノブに手を掛ける。 そして重たいドアをゆっくりと押し開き――視界が一気に開けて明るくなると同時、熱気を帯びた外の風が体を撫でる。二の腕、ふくらはぎ、そして太腿――男物の服を着ているときはまず空気にさらされることのない場所への刺激に、 「んっ……」 羞恥とも、快感ともつかない電流が全身を駆け巡る。 開いた外界への扉。そこからはもう、庭先から外の道路、お向かいさんがはっきり見えている。逆に、あちらからも自分が見えているわけで―― 「ほら、早くいかないと、逆にすぐバレちゃうわよ。出入りしているのを見られたら、そのほうが言い訳できないんだから」 「う、うんっ」 母親の声に、歩実はハッと振り返る。そして改めて、 「じゃ、じゃあ、行ってきます!」 「行ってらっしゃい」 フリルスカパンを揺らして、歩実は小走りに外に向かった。 「――さて」 息子を見送って、母親はリビングに戻る。 ダイニングテーブルに置かれているのは、一台のノートパソコン。家族共用で、ネットサーフィンにつかっているものだった。 それに向かった母親は、指をわきわきさせて満面の笑みを浮かべて、 「さーて、お母さんも、歩実ちゃんのためにいろいろ探してあげないと、ね」 呟いて――大手ファッション通販サイトの子供服カテゴリーから、女児用フォーマル系の商品を一覧表示させて、 「あらあら、可愛いの、いっぱいあるわねぇ。ふふっ、歩実ちゃんには、どれが似合うかしら……」 (続く)