仮想告白手記「娘ごっこ」(1)
Added 2020-06-27 04:21:40 +0000 UTC(1) 初めまして。こうしてとつぜんお手紙を差し上げるご無礼、お許しください。 私は山井千夏(仮名)と申します。専業主婦で、夫と、大学生になる息子の龍太(仮名)の三人で暮らしています。 今回筆を執ったのは、息子との出来事を聞いていただきたかったからです。 事の起こりは、私の秘かな趣味からでした。 私の幼少期は貧しく、親から与えられていたのは親戚からのおさがりばかり、それも男児用ばかりでした。一方、お金持ちの女の子は可愛らしいブランド物の女児服を着ていて、私はずいぶん揶揄われ、みじめな思いをしたものです。彼女たちに対しては悔しさと同時に、蝶よ花よと育てられていること(もちろん彼女たちには彼女たちなりの悩みがあったに違いありませんが)への羨望を強く感じました。 その象徴として、私はブランド物の可愛らしい女児服に、ひどく心惹かれるようになっていました。 さて、息子が小学校に入って、しばらくした日のことです。 私は一人で駅ビルのデパートに入り、息子の服を選んでいました。もちろん男児用です。息子には私と同じ思いはさせまいと、ブランドものではないにせよある程度のものを選んで購入し、いざ帰ろうとした時でした。 エレベーターに向かう途上に、ブランド女児服のフロアを見てしまったのです。 どれもこれも、私が幼い日に憧れたものばかりでした。もちろん、いまの私に着られるわけでも、着たいと思ったわけでもありません。ただ、手元に置いておくくらいはいいだろう――そう思った私は、中でも気に入った一着のワンピースを選んで、「娘のため」と偽って購入しました。 買ったサイズは、ちょうど息子と同じものでした。 しばらくは、何もない日々が続きました。四月から五月に入り、第二週の日曜日を迎えた朝のことです。 「おかーさん! ははの日のぷれぜんと、なにがいい? ぼく、なんでもしてあげる!」 テレビやスーパーで「母の日」について知ったのか、息子の龍太はそんな可愛らしいことを言ってくれました。 「ふふっ、ありがとう。それじゃあ、そうね――」 とはいっても、小学一年生の息子のこと。特に何ができるわけでもありません。強いて言えば、この申し出自体が最高のプレゼントと言ったところでしょうか。しかしそれでは息子の気が済まないでしょうし、肩たたきや、簡単にできるお手伝いをしてもらおうかと思いましたが―― ふと、魔が差したのです。 いまから思えば、そうとしか言いようがありません。よりにもよってあの瞬間、一か月前に購入してすっかり忘れていた女児服のことを思い出すなんて。 「じゃあ――ひとつ、お願いしていいかな?」 「うん! なんでもいいよ!」 無邪気に笑う息子に、後ろめたさに胸が痛みます。しかし私の中の暗い情動は、もう止まりませんでした。 「ありがとう、龍ちゃん。じゃあ、ちょっとここで待っててね」 そう言って私は自分の部屋に戻り、あの服を――1ヶ月前に買った女児服を、クローゼットから取り出しました。すでに包装は解いてタグも外してあるので、すぐに着せることができます。 私はそれを持ってくると、きょとんとした表情の息子に広げて見せて、 「なら――これを着て、お母さんの『娘』になってくれる?」 驚きに息子の目が丸くなったのを、今でも覚えています。 それはピンクを基調にしたワンピースに、白いふりふりのエプロンを重ねた、いわゆるエプロンドレスと呼ばれる女児服でした。 大きな丸襟とカフスにはレースがあしらわれ、肩口はふんわり膨らんだパフスリーブ。襟元には赤いリボンを結び、ハイウエストからはたっぷりとしたサーキュラースカートが広がっています。裾にはピンタックとフリルもついていて、シンプルながらも一枚で着られる程度には華やかなデザインです。 上から重ねるエプロンは、肩紐にも、前たれにも、ふちにたっぷりと大きなフリルがあしらわれたもの。胸当ての部分にも赤い糸で「Angeric Baby」というブランドの刺繍と、横にピンタックが入っています。 あまりにも可愛らしいエプロンドレス。女の子であれば、きっと大喜びしたことでしょう。 ですが息子はほんのちょっぴり怯えたような表情を浮かべていて――私もようやく、我に返ります。 「ごめんね、龍ちゃん。男の子だもんね、女の子の滑降するのは、恥ずかしいよね」 「う、うん……」 小さくうなずいた息子に、落胆と罪悪感に胸が痛みました。 しかし――すぐに気付きます。 息子がじっと、私の手にあるエプロンドレスを見つめていることに。そしてその表情は、緊張と怯えに微かに強張っていたけれど、決して嫌そうではないことに。 これは、もしかして―― 微かな期待を込めて、私はじっと、息子の反応を待ちます。 息子は何度か口を開きかけては閉じることを繰り返していました。しかしやがて、勇気を振り絞って――こう言ってくれたのです。 「う、うん。ぼく……それを、着て、お母さんの『娘』になる――」 (続く)
Comments
ありがとうございます! こういう形式もたまに書きたくなります。
十月兔
2020-06-27 04:57:41 +0000 UTC昔ブログで読んだ、短編の母親視点の話も好きでした。今作も楽しみにしてます。
絹屋敷
2020-06-27 04:42:23 +0000 UTC