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「おむつぐみ」(77)

「えっ……」  公開おむつ交換――  普通の入園式であれば絶対に存在しないプログラムに、和実は耳を疑うが、しかしこれはそもそも普通の入園式ではない。まさに「特別入園式」である。 「あ、あの、おむちゅ、こうかん……ここでっ……!?」 「そうよ、みーたん」  答えたのは、水無瀬貴子だった。彼女は司会の保育士からマイクを受け取って、舞台のすぐ下にやってくると、にんまりと笑う。 「いまからここで、お姉ちゃんたちに見てもらいながら、みーたんのおむつを交換するの。もう挨拶が終わったから、みーたんは大好きなおしゃぶりを咥え直してちょうだいね」 「う、うん……」  どうやら貴子は、彼の驚く反応が見たくて、今まで内緒にしていたらしい。  和実は恨みがましい目つきになりながらも、大人しくおしゃぶりを咥え直した。 (あれ、でもまだ、おもらししてないんじゃ――?)  尿意やおもらしの感覚はかなり希薄になっている和実だったが、さすがにおもらししたかどうかは、おむつの熱や重さで判る。100%の自信はなかったが、まだ、おもらししていないはずだ――少なくとも小水のほうは。  既に貴子も察しているようで、 「ひょっとしてみーたん、まだおもらししてないの?」 「んっ、うんっ……」 「そう。じゃあ――まずは、おもらしするところからね」 「ん――!?」  再び、耳を疑う。 (おもらししちゃったからおむつ交換しなきゃいけないのに、おむつ交換するためにおもらししろだなんて、本末転倒もいいところじゃないか――) (しかもわざわざ、こんな幼稚園の子たちがいる目の前で……) (マイクでその音を流すなんて、絶対おかしいよ……!) (でも――)  諦観にも似た悟りの心境で、和実は目を閉じる。 (でも、もう、今さらだよね、そんなことは) (そもそもこの「おむつ組」自体が、「おもらしした生徒に対して、おもらししても大丈夫な制服で幼稚園児生活を送らせる」って言う、本末転倒の塊みたいなものなんだし) (だったら、いまぼくがするべきことは――)  目を開くと、和実は貴子に向かってはっきりとうなずき、改めて体育館を見回す。  驚きに目を丸くしたままの幼稚園児たち、初等部、中等部の少女たち。 戸惑ったような表情を浮かべた保育士たち。  こちらはいつも通りに笑っている千代と母親たち。  そんな三様の反応を順繰りに眺め、 (そうだ、ついさっきも「誓い」で口にしたばっかりじゃないか。ぼくは、おむつ組の、みーたんなんだ。おむつも、おもらしも大好きな、みーたんなんだ……!)  自分に言い聞かせながら、下腹部に意識を向ける。 「ん――」  すでに毎日のように、何度もおもらししている体である。トイレトレーニングによって具わっている「トイレ以外ではおもらししてはいけない」という無意識のストッパーはほぼ外れているため、ほんの少し腹腔に力を籠めれば、あっという間に決壊してしまうだろう。 (たくさんの人に見られてて恥ずかしいけど、これならすぐに――) 「そうだ」  ふいに貴子が、獲物を追い詰める猫のように愉しげな声をあげた。 おむつで膨らんだ股間――ゾウさんの名札がついたところに、マイクを近づけて、 「せっかくだから、おもらしの音をみんなに聞いてもらいましょうか」 「っ!?」  悪魔の発想に、和実は愕然と凍り付いた。  同時に、いままさに溢れようとしていた放尿が、栓をしたようにぴたりと止まる。見られながらの放尿は、この一週間のうちに何度も経験してきた和実だったが、その音を、幼稚園児たちがたくさんいる体育館で流されるとなると話は別だ。羞恥と緊張に、膀胱括約筋がきつく閉じてしまう。 (み、水無瀬先生、何でいじわるするんだよぉ……!) 「ん、んぅっ……!」  和実はおしゃぶりを噛んで、いっそう下腹部に力を込める。しかし「音」という新たなギミックのせいで、心理的なロックはなかなか外れない。股間にマイクを突き付けられている恥ずかしさと、思うようにお漏らしできない焦りに涙目になっていると、 「あらあら、みーたんったら、うまくおもらしできないみたいね」  してやったり、とばかりの笑みを浮かべた貴子が、体育館中に聞かせるようにわざとらしく声を張り、 「たいへん、たいへん。みーたんがおもらしできないみたい。みんな、みーたんがおもらしできるよう、応援してあげてちょうだい!」  幼稚園児に向かって呼び掛ける。 「え……」 「おうえん……?」  突然のことに戸惑う少女たち。  ざわめく体育館の中で、真っ先に貴子の意図を察したのは母親と、千代――しかし二人とも、事の成り行きを見守るかのように、口元をほころばせただけだ。  そしてその中で口火を切ったのは―― 「みーたん、おもらし、がんばって!」  年少組の最前列にいた――おかっぱ頭の少女、永田早苗だった。   (続く)


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