「おむつぐみ」(76)
Added 2020-05-27 11:04:54 +0000 UTC和実は一拍置いて、「面接」の日から音読し、今や暗唱できるまでになった「おむつ組の誓い」を口にする。 「みーたんは、りっぱな、おむちゅぐみの、あかちゃんになれるように、つぎのことを、ちかいまちゅ」 「おむつ組の誓い」。 それは、「おむつ組」の園児が自らの望みとして、守るべき規範であり、至るべき境地である。 「みーたんは、あかちゃんだから、おむちゅが、だいしゅき、でちゅ。だから、いちゅも、おむちゅをいっぱい、あてていまちゅ。 みーたんは、あかちゃんだから、おもらちが、だいしゅき、でちゅ。だから、いちゅも、ちっちゃいほうも、おっきいほうも、ちろい、ちっちも、おむちゅのなかに、ぜんぶ、だちていまちゅ。 でも、みーたんは、あかちゃんだから、ひとりで、おむちゅを、とりかえられまちぇん。だから、いちゅも、ママや、おねえちゃんに、おおきなこえで、おねがいちで、よごちちゃったおむちゅを、かえて、もらいまちゅ――」 まずは排泄関係――おむつと、おもらしの愛好と、誰かに交換してもらう赤ちゃんとしての立場を徹底することを誓う。 ちなみに「白いちっちも」の部分は、男子用の特別な一文だ。 「みーたんは、あかちゃんだから、べびーふくが、だいしゅき、でちゅ。ろんぱーちゅも、おーばーおーるも、ふりふりぶるまーも、べびーどれちゅも、ちゅかーとも、わんぴーちゅも、だいしゅきでちゅ。とくに、おむちゅぐみの、ちぇいふくは、おねえちゃんたちの、えんじふくと、そっくりで、ふりふりぶるまーに、なってるので、とっても、かわいくて、たいしゅき、でちゅ。だから、いちゅも、おむちゅぐみの、ちぇいふくや、かわいい、べびーふくを、きていまちゅ。 おようふくだけじゃなくて、ぼうちも、みとんも、そっくちゅも、れーすや、ふりるがついてて、とってもかわいくて、だいしゅきでちゅ。 でも、みーたんは、あかちゃんだから、ひとりで、おきがえ、できまちぇん。だから、いちゅも、ママや、おねえちゃんに、おねがいちて、きがえさちぇて、もらいまちゅ」 続いて、服装関係――ベビー服について。 着せられるだけでも恥ずかしいベビー服や、「おむつ組」の制服、そしてベビー小物の数々を、自分から好きだと告白するのだ。これまた男子である和実向けに、少しアレンジが入っている。 「みーたんは、あかちゃんだから、みるくが、だいしゅきでちゅ。だから、いつも、ほにゅうびんにみるくをつくってもらって、ちゅっちゅって、すってのみまちゅ。 みーたんは、あかちゃんだから、おとなや、おねえちゃんたちとおなじものが、たべられまちぇん。だから、やわらかくちてもらったごはんや、ぺーちゅとみたいな、りにゅうちょくをたべまちゅ。 でも、みーたんは、あかちゃんだから、ひとりで、おまんまを、たべられまちぇん。だから、いちゅも、ママや、おねえちゃんに、たべさちぇてもらっていまちゅ」 食事関係も赤ちゃん同様、ミルクと離乳食での生活だ。もちろん食べ盛り、育ち盛りの少年には圧倒的に量が少ない。 おまけにベッドに寝ている時間も長いせいで、ただでさえ少なかった筋肉はさらに落ち、ますます赤ちゃんめいた状態になっていた。じつのところ、駐車場から保育園まで歩き、さらに今こうしている立っているだけでも足が痛くて、膝がプルプルと震えるほどだった。 (このまま、本当に赤ちゃんになっちゃいそう) そんな危惧さえ頭をかすめるが、今は「おむつ組の誓い」である。 (あともうちょっと、最後まで、ちゃんと言い切らないと――) 「み、みーたんは、あかちゃんだから、おちゃぶりが、だいしゅきでちゅ。だから、『おむちゅぐみのちかい』をよんだり、ちぇんちぇいや、おともだちに、おへんじちたりしゅるときいがいは、いちゅも、おちゃぶりを、くわえていまちゅ。 ……みーたんは、ほんとうは、じゅうごちゃいの、おとこのこ、でちゅ。でも、いまは、『おむちゅぐみ』のえんじとちて、おむちゅも、おもらちも、べびーふくも、みるくも、おちゃぶりもだいしゅきな、おんなのこのあかちゃんになることを、ちかいまちゅ」 そう宣言すると、丁寧にお辞儀する。 会場から再び上がる拍手の中、和実は真っ赤な顔でうつむいていた。 (ああ、言っちゃった――) (幼稚園児のみんなの前で――赤ちゃんになるって言う「おむつ組の誓い」を……!) ただ恥ずかしいだけではない。毎日のように鏡を見ながら、暗記するほど何度も何度も音読を繰り返すことにより、どれほど本心が嫌がろうと拒めない暗示効果をもたらすのだ。いつしか和実はその内容の通り、おむつや、おもらしや、ベビー服を好きになりつつあった。 (このまま一年過ごしてたら――ぼく、本当に心まで「みーたん」になっちゃうんじゃ……) 「ありがとうございました。それでは――」 司会進行の女性保育士の声が、次のプログラムを告げる。 彼女自身も信じられないような戸惑いを乗せたまま、 「次は、新入生による公開おむつ交換をお願いします」 (続く)