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「おむつぐみ」(74)

「がんばれ、がんばれ!」 「みーたん! がんばれー!」  少女たちの声援を浴びながら、和実はフリルの付いたお尻を振り振り、園児たちの間を通って、舞台に向かってハイハイする。 (恥ずかしい、恥ずかしい、恥ずかしい……!) (でも、応援してもらってるんだから、頑張らなくちゃ……!)  そしてようやくたどり着いた、舞台へと上がる階段。これももちろん、普通に立ち上がってのぼるわけではない。  手を段差にかけ、下半身は引きずったまま徐々に這い上がっていき、膝で一歩ずつ上ってゆく。一番上までたどり着いて振り向くと、「特別入園式」に参加してくれていた少女たちの顔が見おろせた。 (うう、こんなたくさんの幼稚園児たちに見られてたんだ――) (あっ、早苗ちゃんに、香織ちゃんに――新菜ちゃんもいる……)  年少組が前にいるため、すぐに見知った顔も発見する。もっとも、安心するどころか余計に羞恥心を増すばかりだったが。 (それに――えっ)  体育館の左右壁際、今まで幼稚園児たちの影になっていた場所に立っていた人たちの姿に、和実は驚愕に凍り付いた。  左手側には、園長先生と、いずれも女性の保育士たち。  そして右手側には、園門で別れた母親と、高等部のブレザー制服を着た、藤原千代。さらに中等部のセーラー服を着た少女が二人と、初等部のイートン制服を着た少女が三人―― (な、なんで藤原さんがここに!? っていうか、初等部や中等部の子たちまで……!?)  清楚な日本美人といった風情の千代は、和実を励ますようにしっとりと微笑みかけている。一度見ているだけで驚いた様子は全くないが、それ以外の中等部、初等部の少女たちは、さすがに目を丸くしていた。  和実が振り返ったまま固まっていると、舞台のすぐ下から貴子が声をかける。 「はい、みーたん。もうたっちしていいわよ」 「んっ……」 (そ、そうだ、今は呆けてる場合じゃない……)  慌てて我に返り、舞台の上に立ち上がる。  そうすると「おむつ組」制服の全身像が露わになると同時、身長の高さも明らかになって、 「わぁっ、おっきー!」 「セーフク、あかちゃんみたいでかわいー!」 「ブルマー、おむつでもっこもこだね!」 「名札、おちんちんみたーい!」 「ほんとうにおにいちゃんだったんだねー」  今まで大人しくしていた園児たちも、一度緊張の糸が切れるとなかなか止まらない。遠慮会釈のない声が次々と飛び交い、和実は真っ赤になっておしゃぶりをかみしめるが、 「はい、みんな。静かにしてちょうだい」  稲村園長が声をかけると、少女たちはいっせいに口をつぐんで前を向いた。  司会進行を務める女性保育士が、ほっとしたようにプログラムを読み上げる。 「新入生の倉石和実ちゃん、入場しました。続いて、在園生から、歓迎の言葉となります。在園生代表、神保香織――」 「はい!」  元気よく手を挙げたのは、年少組の神保香織だった。幼稚園児とは思えない意志の強そうな表情に、リボンで結んだツインテールが特徴的な子だ。和実は知らなかったが、本来ならば年長組がするはずだった在園生挨拶を、「あたしは和実ちゃんのお友達なんだから」と言って、彼女が自ら買って出たのだった。  彼女は中央のカーペットで左右の在園生たちに一礼した後、前に出て壁際の教師や千代たち、そして正面の和実に一礼して、 「在園生代表、神保香織です」  舌足らずながらもはきはきとした声で、挨拶を読み上げる。 「まずは倉石和実ちゃん、陸奥学園附属女子幼稚園の『おむつ組』ご入園、おめでとうございます」 「ご入園、おめでとうございます」  香織の声に、在園生たちが唱和する。 「和実ちゃんが入園した『おむつ組』は、幼稚園ではあたしたち年少組よりもさらに下の、入園前の赤ちゃんの年齢としてのクラスになります。言葉もしゃべれず、おむつも取れず、歩くことも、一人で着替えることもできない――そんな赤ちゃんとしての、入園です」 「んっ……」 「んっ……」  歓迎の言葉からストレートに言われて、和実はいたたまれない気持ちになる――が、視線を落とすこともできず、香織をまっすぐに見つめ返す。 「あたしたち年少組は、これから同じクラスで過ごすことになります。一緒にお勉強したり、遊んだり――また、おむつを替えてあげたり、着替えさせてあげたり、ご飯を食べさせてあげたり。いろいろなかたちで、赤ちゃんの和美ちゃんを、お世話してあげることになります。そうして一緒に幼稚園生活を送れることを、楽しみにしています」 「…………」 「もしかしたら和実ちゃんは、ちょっぴり恥ずかしい思いをするかもしれません」  香織はそう言って、かすかに意地悪な笑みを向ける。 「本当は高校生のお兄ちゃんなのに――幼稚園の最下級クラスよりもさらに下の『おむつの取れない赤ちゃん』として、あたしたち幼稚園児にお世話されるんですから。でも、安心してください。あたしたち年少組はみんな、和実ちゃんのことを妹同然の赤ちゃんとして、可愛がって、お世話してあげますから。自分が高校生だってことも忘れちゃうくらい、心まで赤ちゃんになってもらえるよう、精いっぱい頑張ります」 (心まで、赤ちゃんに――)  本来であれば成長と発展を願うべき「在園生挨拶」とはかけ離れた、退行と幼児化とを促すような言葉に、和実はぞっと身震いする。  何より恐ろしいのは――そんな香織の言葉に揺れ動く、自分自身の心に他ならなかった。   (続く)


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