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「おむつぐみ」(59)

 垂れ目がちの顔に、サラサラのおかっぱ頭。ぼんやりとした表情の彼女の胸元にある名札には、「あまの にいな」と書かれていた。 「あ、だぁれ~?」  彼女は間延びした声でそう言うと、勉強の時間だというのに立ち上がって廊下に出てきて、和実を見上げ、不思議そうに尋ねてきた。 「お姉ちゃん、だぁれ~?」 「え、ええと……」  何と答えたものか、そもそも勉強に戻るように注意すべきかと、和実は混乱する。  しかしすぐに自分の立場――彼女よりも年下の、「おむつ組」受験生であることを思い出し、 「あ、あの、ぼくは、倉石和実って言って……この幼稚園に、入園させてもらう予定なんだ。それと、お、お姉ちゃんじゃなくて、ぼくは、男だから、お兄ちゃん……」  「お兄ちゃん」でありながら女児ベビー服を着ている恥ずかしさに、かぁっと頬が熱くなる。一方で、幼稚園の子には難しかったかと言いよどむ和実。  しかし少女には伝わったようで、 「へぇ~……和実ちゃん、和実ちゃんね。新菜はね、雨野新菜っていうの。よろしくね、和実ちゃん」 「う、うん。よろしく、新菜……お姉ちゃん」 「うん! ……あれ~? でも、なんで和実ちゃんのほうがお兄ちゃんなのに、新菜のほうがお姉ちゃんなの~? なんでお兄ちゃんなのに、幼稚園にはいるの~? それに、なんで赤ちゃんみたいな格好をしてるの~?」 「それは、その……」  幼稚園児らしい立て続けの質問攻めに、言葉に詰まる和実。しかしこれも「面接」の予行演習だと思って、 「もともと、ぼくは高校生だったんだけど、入学式で、おもらししちゃって……そのバツとして幼稚園の、赤ちゃんクラスからやり直すことになっちゃったんだ。『おむつ組』って言うんだけど……だから、年少組の新菜お姉ちゃんのほうが、ぼくより、お姉ちゃんってことになって……この格好も、その、『おむつ組』としての入園の面接だから、赤ちゃんみたいなお洋服なんだ」 「へぇ~、そうなんだぁ~」  幼稚園児相手にはとてもうまい答えとは言えない、センテンスの長い、言い回しも難解な回答だったが、新菜にはちゃんと伝わったようで、 「和実ちゃんは、『おむつ組』のおジュケンだから、おむつを当てて、赤ちゃんのお洋服を着てるんだね~。そのお洋服も、おむつも、とっても可愛くて、似合ってるよ!」 「あ、ありがとう……」 「メンセツ、頑張ってね~! 新菜も、応援してる~!」 「う、うん。よろしく、新菜お姉ちゃん。もし合格して入園できたら、仲良くしてくれると、うれしいな」  そう言うと、少女はますます笑顔になる。  和実も釣り込まれるように笑うと、今まで横で見ていた貴子が小さく笑って、 「よかったわね、和実ちゃん。年少のお姉ちゃんから、応援をもらって」 「う、うん」 「でも新菜ちゃん、今はお勉強中よ? ちゃんと戻って、先生のお話、聞きなさい」 「だって~、つまんないんだもーん」  新菜は口をとがらせながらも、しぶしぶ教室に戻る。しかし最後に、和実に向かって笑顔で手を振ってくれた。  和実もはにかんで手を振り返し、再び廊下を進んでゆく。 「どう? 緊張はほぐれた?」 「う……は、はい、ちょっと……」 「いまの子はね、年少組の雨野新菜ちゃん。和実ちゃんが入園したら、一緒のクラスでお勉強することになるわ。あの子も、和実ちゃんなら仲良くできると思うからよろしくね」 「は、はい」  妙に優しい口調で言う貴子に、和実は警戒気味に答えながら、 (うう……やっぱり受験をやめるなんて、言いにくくなっちゃったな……) (流されたり、ほだされたりするのは良くないけど……うん、でももうちょっとだけ、頑張ってみよう……) (うん。やめるのはいつだって、できるんだから――)  そんなことを考えているうち、園児用玄関前までたどり着き、そのすぐ横にある、段差の低い階段をのぼってゆく。  二階の廊下を進み、「えんちょうしつ」と書かれたプレートのあるドアの前までやってくると、貴子はそのドアをノックして、 「水無瀬です。『おむつ組』受験生の倉石和実くんと、その保護者様をお連れしました」 「お通ししてちょうだい」  打てば響く反応の良さで、硬い女性の声が返ってきた。 「さ、面接の始まりよ。心の準備はいい?」  振り返って尋ねる貴子。  和実は大きく深呼吸してから、ゆっくり答えた。 「……はい」  扉の前に立ち、ノックする。 「女子幼稚園『おむつ組』受験生の、倉石和実です」 「どうぞ、お入りください」 「失礼します」  扉を開いて室内に入り、一度振り返って丁寧にドアを閉める。改めて正面に向き直ると、室内を観察する。  壁の天井に近いあたりに歴代園長のものと思しき写真が並ぶ、園長室。 中央には豪奢な絨毯が敷かれ、低いテーブルをはさんでソファが設置されている。  そしてその向こうにある執務用の机に、背筋をピンと伸ばした女性が指を組み、じっと和実を見つめていた。  外見年齢は「お姉さん」と「おばさん」の間――具体的には30前後か。造作も表情も引き締まった細面に、黒いセルフレームの眼鏡をかけ、髪を後ろで丸くまとめた、硬派な印象の女性だった。  彼女は静かに、 「初めまして、倉石和実くん。陸奥学園附属女子幼稚園の園長を務める、稲村喜久子です。いまは面接官として、あなたの『おむつ組』入園の面接を、始めたいと思います」  和実に向かって、そう告げた。   (続く)


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