「妹活はじめました」(2)
Added 2020-04-15 11:50:47 +0000 UTC「妹……として……? いや、ちょっと、冗談きついって……」 少女――璃音の威厳に飲まれながらも、玲は呟く。 「冗談ではないわ。もしこの話を受けてくれるんだったら、報酬として月に――」 そう言って提示された額は、大学生のバイト代としても少なからぬ額だった。 「……勤務場所と、勤務時間は?」 「場所はここの市内。時間は大学の合間で充分だし、もしうちに住みこんでくれるんだったら、家賃や光熱費、食費の心配もしなくていいわ。通勤手当代わりに、大学への定期代も出してあげる」 「う、うますぎる……!」 いままで最低賃金レベルのバイトにすらありつけなかった玲にとっては、騙されているのではないかと思うほどの好条件である。 「いや、でも、『妹になれ』って――そんなのがアルバイトになるのか?」 「ほら、パパ活とか、ママ活とかあるでしょ? あれと同じで、お兄ちゃんがあたしの『妹』になりきることでお小遣いを稼ぐのよ。んー、この場合は『妹活』? それともあたしがメインだから、『姉活』かしら。」 「そこまでしてお金が欲しくは……いや、欲しいけど……」 できればもうちょっとまともなアルバイトがしたい玲だったが、ここで「パパ」「ママ」のワードに重要なことを思い出す。 「そ、そう言えば、お父さんとお母さんは? いきなり『妹を雇ったの』って言って男を連れて行ったら、怒られるに決まって――」 「いないわ」 璃音はあっさりと、 「パパもママも、うちにはいないの。あたしとこのメイド――ルミの二人暮らし。あ、お金だけは毎月ちゃんと出してくれてるから、そっちも含めて心配しなくて大丈夫よ」 「…………」 痛烈なカウンターをもらったような気分で、玲は言葉に詰まる。いっぽうで、冷えた頭に別の疑問が浮かぶ。 「そういえば――なんで、俺の名前を?」 「調べたからよ。前に求人雑誌を読んでるのを見かけて、お仕事を探してるならうちで雇いたいなって思って、ルミに調べさせたの。ぜひともお兄ちゃんに、あたしの『妹』になって欲しいなぁって思ってね」 「うわぁ……」 「いいでしょ? 私は妹が出来て幸せ、お兄ちゃんはアルバイトができて幸せ。いわゆるウィンウィンの関係じゃない」 「いやだよ! いくらなんでも、い、妹になんて……!」 思わず声が上ずる――と、周囲のお客がこちらを振り返って、ひそひそと囁き合う。 (妹? あの二人、姉妹なのかしら?) (確かによく似てるけど……でも、それにしてはちょっとおかしくない?) (そもそもあの子、男の子かしら、女の子かしら? まだ中学生くらいみたいだけど……) とぎれとぎれに聞こえてくる会話に、玲は赤くなって声を落とし、 「だ、大体、『妹』って、具体的には何をすればいいんだよ……」 承諾する決心もつかず、さりとて断るには惜しい話で、玲は話を続ける――それ自体がすでに、引き受けるほうに半分以上心が傾いていることを示しているのに気づいていなかった。 「んー、そうねー。まずはあたしのことを、『お姉ちゃん』って呼んで欲しいかなぁ。あとはお揃いのお洋服を着たり、一緒に遊んだり、お買い物したり――ちょっとした喧嘩なんかもしたりして、でもすぐに仲直りして――」 「…………」 目を輝かせて語る少女の言葉に、玲もついつい引き込まれる。 少女と同じ――ブラウスとジャンパースカートのセットを着せられて、女の子のような姿になってしまった自分。女の子がどんな遊びをしているのかは知らないが、お人形遊びや、おままごとをするのだろうか。そして彼女のことを、「お姉ちゃん」と―― (さ、さすがにちょっと恥ずかしすぎる……! 女装だけでも恥ずかしいのに、ましてこの子が着てるようないかにもな女児服で、しかも、小学生の女の子に、「お姉ちゃん」って――!) 「あとはー……そうね。一緒にお風呂に入って洗いっこしたり、同じお布団で寝たりもしたいなぁ。ぎゅって抱き合って」 「ちょ……さすがにそれは、まずいって……俺が男だって、判ってるんだろ?」 「うん。でも、『妹』になってくれるなら問題ないでしょ? それとも何か?」 「う……」 さすがに小学生相手に、男性と二人きりになることの恐怖を語って聞かせるわけにもいかず、隣のメイドに目配せする。 しかし彼女――ルミは相変わらず無表情なまま。どうやら璃音に全ての判断をゆだねているらしい。 (世間知らずのお嬢様と、忠実なメイドってところか……うーん、心配だけど、さすがにその話を引き受けるのはなぁ……) 「その……お兄ちゃんとかじゃ、ダメなのかな?」 「ルミがお姉ちゃんみたいなものだから、お兄ちゃんはそんなに欲しくないのよね。特にお兄ちゃんは、お兄ちゃんって感じじゃないし」 「あ、そう……」 あっさり言われて、玲は間の抜けた声を出す――が、 「うーん、でも……お兄ちゃんが引き受けてくれないなら、仕方ないかぁ。もっとお兄ちゃんっぽい男の人にお願いして、『お兄ちゃん』になってもらおうかな。一緒にお風呂に入ったり、添い寝してもらったり――」 「そ、それは……だ、だめだって!」 「どうして? だってお兄ちゃんがあたしの『妹』になってくれないなら、『妹』は諦めて『お兄ちゃん』を探すしかないじゃない。それともやっぱり、お兄ちゃんが「妹」になってくれる?」 「う……それは……」 交渉の手だとはわかっている。しかし彼女のお転婆ぶりと、メイドの機械のごとき忠実さを見ると、一抹の不安が残る。 そんな彼女たちを「自分には関係ない」とは捨てきれず。 一方でまた、先ほど示された「報酬」への未練も捨てきれず。 「う、うう、ううう……! わ、判った、引き受けるよ……」 「ん? お兄ちゃん、何か言った?」 聞こえなかったはずはないのに、少女はちょっぴり意地悪に笑って、 「何をどう引き受けるのか――ちゃーんと、教えてちょうだい」 「う、うう……」 玲はしばらく唸った後、羞恥で顔を真っ赤にしながら、その言葉を口にした。 「君の――い、『妹』に、なる……!」 (続く)