「おむつぐみ」(44)
Added 2020-03-31 09:54:52 +0000 UTC真ん中にハートの浮彫がある、淡いピンクのおしゃぶり。 口を開いたときに落とさないようおしゃぶりに結ぶ、やや濃いピンクのおしゃぶり紐。 ピンクの縁にしろいタオル地のよだれかけ。先ほど選んだ紙おむつにも描かれていたウサギのキャラクター「オムウサ」が、右下に縫い取りされている。 淡い黄色にチューリップが描かれたガラガラに、うさぎの頭がついた棒状のにぎにぎ。 ミトンもソックスも、ピンクにうさ耳付きだ。 和実の母親はにっこり笑って、 「まぁまぁ、うさぎさんがいっぱい。はーちゃんはうさぎさんが大好きだったのねぇ」 「うん! はーたん、しゅき!」 「ふふっ、ピンクで可愛いものねぇ。和実ちゃんも、うさぎさんのグッズを身につけたら、もっと可愛くなるわよ」 「そ、そんなぁ……」 和実は情けない声を出す。 (せめてシンプルな、白無地のものを選ぼうと思っていたのに、こんな女の子っぽい、ピンクとうさぎのばっかり……) (これじゃまるで、葉月ちゃんのおさがりを使ってるみたいじゃないか……!) しかし時すでに遅く、カートには葉月とおそろいのベビーグッズが入れられて、 「さぁ、ここで必要なものはこれくらいね」 貴子は 「お母様、何かついでに見たい物とかあります?」 「そうねぇ……特に思いつかないけど、いちおう一回りしていただこうかしら。和実、カートを押してきてちょうだい。あなたが使うものなんだからね」 「うう……はい……」 何もこんな時に一回りしなくても――外を歩くだけで苦痛な「おむつ組」制服で店内を連れ回される恥ずかしさと、刻一刻と強くなる尿意にもじもじしながらも、和実は大人しく、二人のあとをついて赤ちゃんグッズを満載したカートを押す。 その背中と、ぎこちなく左右に振られるお尻を、葉月とその母親が見送って、 「じゃあね、和実ちゃん」 「ばいばーい!」 「う……ば、ばいばーい……」 少女の声を無視するわけにもゆかず、和実は振り返って手を振る。 貴子は意地悪く、 「同い年くらいのお友達ができてよかったわねぇ、和実ちゃん。でも、あの子はこれからどんどん大きくなるし、和実ちゃんは逆に赤ちゃん返りするんだから、すぐに追い越されちゃうかな?」 「あ、赤ちゃん返りって……ぼく、幼稚園に通うはずじゃ……」 「でも、『おむつ組』でしなくちゃいけないのは、赤ちゃん返りだからね。入試で主席を取ったのと同じように、ちゃーんと真面目に、女の子の赤ちゃんになれるように頑張るのよ」 「ううう……はい……」 和実は大人しくうなずく。どんなにおかしいと思っても、「決まり」には逆らえない――それが彼の長所であり、欠点だった。 ベビーコーナーから、広いドラッグストア内を一回り――とうぜん、吊りブルマーとベビーボンネットがベビー服にしか見えない「おむつ組」制服の和実が、股間にゾウさん型の青い名札を付け、ベビーグッズや離乳食を満載したカートを押しているのだから、目立つことこの上ない。 大勢の人に見つめられる恥ずかしさに、おむつの中で陰嚢と陰茎がピクピクと痙攣して、尿意とも合わさり、入学式のトラウマがよみがえりそうになる。 (は、早くここを離れて――車に戻ってからか、せめて、駐車場で……!) 気が逸る和実だったが、母親たちはのんびりとした歩調を崩さず、かといって何かを買い足すわけでもなく、結局「ドラッグストア引き回しの刑」を受けただけで、レジへと到着してしまった。 またも衆人環視で列に並ぶこと数分、ようやくカウンターの前まで到着して、 「え……あ、い、いらっしゃいませ」 若い女性店員は、和実の姿を見てぎょっと目を丸くする――が、すぐに何かを察したようににっこり笑って、 「もしかしてお客様、陸奥学園附属女子幼稚園特別クラス『おむつ組』の園児さんでいらっしゃいますか?」 「は、はい……」 「わぁ、やっぱり! 見られるなんてラッキー――じゃなかった、ええと、では、商品の清算をさせていただきますね」 店員はウキウキといいながら、じっと和実を見る。 どうやらお店側にも、今日「おむつ組」の自分が来ることは知らされていたらしい。混乱が起きなかったのは幸いだったが、あらかじめ知られているのもそれはそれで恥ずかしかった。 (いったい、どんな説明があったんだろう――) 応対に当たっている女性店員は、好奇心に満ちた視線を隠そうともせずに、 「まずは紙おむつと離乳食――こちらは、店頭にあったものそのままで大丈夫ですね。ではまずこちらから、失礼いたします」 チラリチラリと和実を見ながらバーコードを読み取って、清算済みの白いカゴに入れてゆく。さらに、 「続いてこちらのベビー用品と、布おむつ関係ですが――いったん読み取った後で、それをもとに持ってまいりますので、少々お待ちくださいね」 そう言って、残りは別のカゴに入れた後、それを持って、いったん店の奥に消えてゆく。 (うう、まだかな……) 和実はもじもじしながら、店員が戻ってくるのを待つ。入れ代わり立ち代わりにお客さんがやってくるレジに晒し者にされている恥ずかしさと、もはや一刻の猶予もないほど高まった尿意とに、いろいろな意味で限界だった。 隣にいる母親は全く気付かぬ様子だったが、貴子は時折こちらを見ては、意味ありげにwらっている。 (こ、ここでおもらししろって言わんばかり……ぼ、ぼくは絶対に、こんな場所でおもらしなんてしないんだからな……!) ぐっと自分に言い聞かせる和実。 しかしそんな彼の決心とは裏腹に、膀胱は限界を訴えて痛みを発し、何か些細なきっかけがあれば、一気に決壊しそうだった。 そう。 たとえば、レジの裏から店の奥に消えたはずの店員が、買い物カゴ一つには入りきらない商品をカートに乗せて、まったく予想もしなかった方向から近づき、話しかけてきただけで―― (続く)