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「おむつぐみ」(43)

「カバーを選んだら、布おむつそのものも買わないとね」  というわけで、さらに隣の布おむつコーナー。こちらもハート柄、ドット柄、星柄、花柄と、意外なほどたくさんの色柄がそろっている。  すでに無抵抗状態の和実の前で、母親はこちらもまた大量に購入してゆく。合計50枚以上――昨日届いた20枚と合わせて、幼稚園で使う分としては充分だった。  そしてカートに山と積まれた、離乳食、粉ミルク、哺乳瓶周りに、紙おむつと布おむつ、布おむつカバー―― (これを全部、ぼくが、使うことになるんだ――)  見ているだけで、ゾッと背筋に寒気が通り抜け、身を震わせる和実。  いや、ただの悪寒ではない。気付けば下腹部の内側が、水風船を入れたように張っていて、 (う、嘘……おしっこ……!? しかも、かなりぎりぎり……!)  朝食前のおもらしから、まだ3時間もたっていない。あまりにも急激な尿意だったが、その原因に、和実は心当たりがあった。 (やっぱり、あのコーヒーのせいだ……!)  美容室を出てから、ドラッグストアに来るまでの間に「時間つぶし」として連れて行かれたファーストフード店で、貴子に振舞われたアイスコーヒー。濃いカフェインと水分が、一時間もたたないうちに尿として膀胱に溜まっていったのである。 「ふふっ」  貴子は見透かしたように、にんまりと笑って和実を見る。あらかじめ盛っておいた遅効性の毒が、ようやく効いてきたのを眺めている――そんな表情をしていたが、 「さ、次は――今まで背中を向けてた、こっち側のコーナーよ」  ふいにそういって、くるりと体の向きを反転させる。  つられて振り返った和実の目が、引きつったように丸くなり――声も出せずに、棚に並んだベビー用品の数々を見た。  おしゃぶり。  よだれかけに、袖付きのベビーエプロン。  がらがらや、にぎにぎ。  ミトン。  ソックス。  さらにはロンパースやブルマーなど、ベビー服や肌着の数々―― 「こ、こんなものまで……っ!?」 「ええ。おしゃぶりとよだれかけ、ミトンについては、幼稚園では専用のを着用してもらうことになってるから、ここではおうち用のを、好きなのを選んでちょうだい」 「せ、専用の……」  ふりふり吊りブルマーや、通園帽の代わりにかぶっている黄色のベビーボンネット、よりにもよって股間につけられたゾウさん型の名札と同じように、おしゃぶりやよだれかけ、ミトンも「おむつ組」専用の制服として着用しなければならないのだ。  いったいどれほど恥ずかしく、悪意に満ちたデザインなのかと考えるだけでも、また震えが止まらなくなってくる。 「そんな……『おむつ組』って、ここまでしないといけないの……?」 「もちろん。何度も言ってるでしょう? 『おむつ組』は幼稚園の在籍だけど、実際には赤ちゃん扱いなんだって。ベビー服みたいな『制服』を着て、赤ちゃんみたいな髪型にして、おむつを当てて、おもらしして、ベビーフードを食べて、ミルクを飲んで――そしたら当然、おしゃぶりやよだれかけ、ミトンをするのが当然じゃない」 「うう……いくらなんでも、やりすぎだよぉ……」  和実は泣きそうになりながら、改めて棚を見る。  可愛らしい、ベビー用小物や、ベビー服――しかしそれを、自分が使う前提で見ると、一気に別物に見えてくる。まるでアダルトグッズを見ているような、禁忌と背徳に満ちていた。  母親も今度は代わりに選んではくれず、 「さ、和実。小物関係は、自分で選びなさい。おむつやおむつカバーはお母さんが取り替えてあげるから選ばせてもらったけど、こっちは和実自身が使うものなんだから」 「う……あ、あんまり、大きい声で言わないで……」  遠巻きに見ている主婦や親子連れがざわめくのを見て、和実は小声で抗議する――が、 「今さらじゃないの。そんな赤ちゃんみたいな格好してる時点で、お店中の人に、和実が使うベビー用品だだってばれてるわよ」 「うう……」  正論である。そもそもこんな、ベビープレイ上級者でさえ着用外出を躊躇しそうなレベルの「制服」を着ておきながら、今さらグッズの一つ二つで、恥ずかしいもなかった。  それでも、和実が自分でベビーグッズを選ぶことにも躊躇っていると、 「あら~、和実ちゃんったら、おしゃぶりとかもまだ卒業してなかったのね~」  近くで見ていた葉月の母親が、間延びした声で話しかけてくる。相変わらず、体の大きい少年がベビーグッズを選んでいる異常さは意にも介していない。 「うちのはーちゃんでも卒業したのに。ねー、はーちゃん?」 「うん!」  元気よく答える葉月。 リアル赤ちゃんよりも年下扱いされる恥ずかしさに、和実は真っ赤な顔でうつむく。代わって返事したのは母親のほうだった。 「あらー、はーちゃんは偉いわねぇ。うちの和実ったら、これからおしゃぶりを選ぶところなのよ。しかもなかなか、決められないみたいで」 「だったら~、はーちゃんとおそろいのにしたらどうかしら~? はーちゃんがつかってたの、まだ棚にあるみたいだし~」 「まぁ、どれを使ってたんですか?」  和実の母親と葉月の母親は話しながら、ベビーグッズを選んでゆく。 「え、え……?」  戸惑う和実本人を置き去りにして、母親二人は、葉月が使っていたのと同じものを、和実のために選んでいった。   (続く)


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