「ナオのはじめて」(1)
Added 2020-03-15 13:02:11 +0000 UTCシーン1.通学路 (また……引き受けちゃった……) ――都内某所。 周囲に雑居ビルの立ち並ぶ裏路地を、一人の「少女」が歩いていた。 身長150センチ足らず、ぱっちりとした目元に細い鼻梁に、小さく尖った赤い唇がなかなか可愛らしい。おかっぱ頭を片側だけ、ウサギモチーフのヘアゴムで結んでいるのは、身長から推定される年齢にしてはやや幼い印象か。 (はぁ、いくらバイトが見つからずにお金に困ってるからって、やっぱりスカウトの口車に乗ってジュニアアイドルの振りだなんて、引き受けるんじゃなかったかな……) しかも着ているのは、淡いピンクの女児スーツ。ブレザーにリボン、スカートという定番のセットだが、ブラウスの大きな丸襟にはフリル、結んだ白いリボンはかなり大きく、無地のブレザーは襟にレース、腰ポケットの入り口にはチェック柄のリボンがあしらわれ、胸元にはコサージュも留められている。レース付きのスカートは、丈の短い二段フリルスカートだ。 足元もスーツに合わせてか、レース付きのショートソックスに、ピンクのストラップシューズ。細い足首によく似合っている。 一般的には、入学式用の女児スーツ。そのせいで、「少女」は身長以上に幼く見えていた。赤いランドセルを当然のように背負い、両手でその肩ベルトを掴みながら歩くたびに上下に揺らしていた。 彼女は笑顔で、飛び跳ねるような足取りで歩いている。そのせいで、ただでさえ短いスカートは大きく上下に揺れ―― (ほんとに俺、女子小学生――それも新一年生の子みたいなスーツ着て、ランドセルしょって外を歩いてる……) (140だからぎりぎり着られたけど、ブラウスも、ブレザーも、全体的にきつくて、ぴちぴちで……サテン生地だからこすれたりはしないけど、つるつるなのもなんか嫌だ……) (スカートは短すぎて、普通にしてるだけでも太腿までほとんど丸見えで、落ち着かない……これ、正面のちょっと低い角度から撮影されてるから、ぜったいスカートの中が見えてるよね――?) (おまけにあちこち、レースがチクチクしたり、ゴムが締め付けたり……) (畜生、なんで俺が、こんな――俺、本当は――) 「少女」の名前は皆瀬ナオ。 つい一週間前、会員登録制のアイドル系動画サイトでデビューしたジュニアアイドルだ。 既に専用ページが作られ、アップされたプロフ動画も新人としては上々の再生数を誇っている。早くも正式な動画が出るのを待ち望むコメントが、多く寄せられていた。 (本当は、男子大学生なのに、ジュニアアイドルだなんて……!) (リンネさんは大喜びで、早く次の撮影をって言ってたけど、絶対おかしいだろ! なんで誰も、変に思わないんだよ! いや、女の子の演技が上手いからって言うのは元演劇部としてちょっと嬉しいし、ボーナスももらえたけど、でもやっぱり嬉しくない!) (しかも前回はスタジオだったけど、二回目から外の撮影だなんて、聞いてないよ――人けがないからまだましだけど、恥ずかしすぎる……!) (……いや、余計なことは考えないで笑顔、笑顔……演技に集中するんだ……何度も撮り直しなんて、ごめんだからな……) (ええと、このシーンはしばらく歩いたら、次で――ああ、あれだ) しばらく満面の笑顔で歩いていたナオは、 「あ! いいものみーっけた!」 そう叫んで駆け出し、向かった先の足元には、白いチョークで丸が一つか二つずつ、一列になって並んで描かれている。 少女はその前に立つと、 「けんっ、けんっ、ぱっ! けんっ、けんっ、ぱっ!」 一つの丸には片足で、二つの丸には両脚を広げて踏み、ナオは円の上を飛んでゆく。全身を使った動作は必要以上に大きく、ジャンプのたびに少女のスカートが跳ねて、中に穿いている白い下着のようなもの――入学スーツにはふさわしくないビキニが、覗いていた。 (けんけんぱなんて、小学校のころだってやった覚えがないよ……) (片足の時は肘を曲げて、両足の時は大きく広げて――) けんけんぱを繰り返して進み、終端にたどり着く。 もう一度満足げに微笑んだ後、ナオは正面を向き――また新しい何かを、発見する。 小走りに彼女が向かった先にあったのは、雑居ビルのある区画にはそぐわない、狭い公園だった。鉄棒と動物のスプリング遊具、そして一台のベンチだけが置いてある。 ナオはベンチにランドセルを下ろし、まずは動物の遊具へと向かった。 (ええと、遊具に馬乗りになる時には、カメラ側の足を上げて――つまりはスカートの中がカメラにはっきり見えるようにするんだっけ。徹底してるなぁ……) (恥ずかしいけど、ちゃんと笑顔で演技しないと……) (何しろこれが、俺の――水瀬直樹じゃなくて、皆瀬ナオのデビュータイトル「ナオのはじめて」の、オープニングなんだから……) (続く)