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「おむつぐみ」(40)

「……なるほど、それで幼稚園児みたいな、赤ちゃんみたいな格好なんですね」  お互い「娘」に好みを訊きながらベビーフードをカートに入れながら、和実の親子と葉月の親子は、情報交換を済ませていた。  ちなみに葉月が乗せられているカートには、一般的なメニューの離乳食が多かったが、和実のほうは加えて低月齢用のお粥やペーストも入っている。葉月と違って、和実が嫌がろうが容赦なしだ (これじゃ、どっちがちっちゃな赤ちゃんなのか判らないよ……) (じっさい服装は、ぼくのほうが幼いくらいだし……)  園児服風とはいえ、クロッチ部分にスナップボタンの付いたブルマーはおむつの取れない赤ちゃん用だし、お尻にフリルがあるのも、本来ならハイハイを可愛らしく見せるためのデザイン。おまけに前髪の一房だけ残して剃りあげた頭に、ふりふりのボンネットをかぶっているのは完全に新生児のそれだ。  対して葉月は、ブラウス風のロンパースと赤のジャンパースカートとベビー服としてもシンプルだったし、髪の毛も、量こそ少ないがゴムを結べる程度には生えそろっているのだから、 (まだ葉月ちゃんの格好のほうが、お姉ちゃんらしくて、羨ましいくらい……)  ちらりと葉月を見ると、彼女は先ほどからじっとこちらを観察している。赤ちゃん特有の行動なのだろうが、まるで(なんで大人と同じくらい大きいのに、赤ちゃんみたいな格好してるんだろう?)と訝られているようで落ち着かなかった。  そうこうする間にカートの中身もだいぶ増え、和実の母は貴子を振り返る。 「水無瀬さん、ベビーフードはこんなところでいいかしら?」 「ええ。ですが――これも、選ばないといけませんね」  そう言って、貴子は離乳食の隣の棚を見る。左から右へ月齢が進むディスプレイの、さらに左側――文字通り乳児用の、粉ミルクの売り場を。 「み、ミルクもっ……!?」 「そうよ、和実ちゃん。もちろんこれを使って、ね」  貴子は粉ミルクと同じ棚にある容器――瓶の蓋の部分がシリコン製の吸い口になっている哺乳瓶を指さして笑う。 「おむつも取れない赤ちゃんなんだから、哺乳瓶でミルクを飲むのはとうぜんよ。食事の時に、哺乳瓶でミルクを飲ませてもらうのも『おむつ組』のきまりなの」 「つ、つまり、幼稚園でも、他の園児たちの前で……?」 「ええ。私たちのような保育士や、年少組の『お姉ちゃん』たち――がね」 「……?」  何か言いかけてやめたような空白に、和実は首を傾げるが、 「でも大丈夫よ、年少組の『お姉ちゃん』たちは優しいから、『おむつ組』の和実ちゃんのことをからかったりなんてしないわ。さ、まずは哺乳瓶から選びましょうね」 「うぅ……はーい……」  情けない声で、粉ミルクと哺乳瓶の売り場に近づく。 一口に粉ミルクといっても多くの種類があり、最近では紙パックに入ったものも出ていた。哺乳瓶も、どこがどう違うのか判らないがたくさんのメーカーがある。 (この中から選べって言われても、どれがいいのか……)  棚を見つめたまま迷っていると、 「ふふっ、和実ちゃんはまだ、粉ミルクなのね~」  葉月の母親が、のんびりと話しかけてくる。  15歳の少年が飲むための粉ミルクと哺乳瓶を選んでいる――異常なシチュエーションにもまったく動じることなく、 「うちのはーちゃんはもう卒業しちゃったのよ~。やっぱりはーちゃんのほうが、和実ちゃんよりお姉ちゃんみたい。ね~、はーちゃん?」 「うん! はーたん、おねーたん!」  無邪気にはしゃぐ葉月に、和実はまた赤くなる。もうすっかり、長幼の序が逆転してしまったようだった。 葉月の母は、缶入りの商品を一つ取り上げて、 「うちのはーちゃんは、これが好きだったのよね~。よかったら、試してみてちょうだい」 「あ、ありがとうございます……」  お礼を言って受け取りながらも、和実はまた、目の前の少女より自分のほうが赤ちゃん扱いされていることを思い知らされる。 「哺乳瓶は~、『スワロー』なら、外れがないと思うわ~。あと和実ちゃんおおきいから~、なるべく大きいものにしたほうが、いいんじゃないかしら~。幼稚園でも使うなら何本か買っておいたほうがいいし、ケースと哺乳瓶を洗うための器具も、買ったほうがいいわね~」 「は、はい……」  『スワロー』というのが、哺乳瓶メーカーの最大手のようだ。  葉月の母の助言に従い、一番大きいサイズ――240mlのガラス製を三つと、持ち運び用のケース、ブラシと除菌料もカートに入れた。 (朝昼晩、食事の度にこれを使って、赤ちゃんみたいにミルクを吸うんだ……)  母親のことだ、いくら幼稚園にバレる可能性がないとしても、家でもきちんと用意して、ミルクを飲ませてくることだろう。 (佐々木さんや、藤原さんにも飲まされたり――) (うう、今さら過ぎるけど、あんまり赤ちゃんみたいなところを見られたくないよ……)  せめて彼女たちが食事中に来ないことを祈るしかなさそうだった、が――すでに悪い予感しかしなかった。  沈鬱な表情でベビーフードと哺乳関連商品いっぱいになったカートを見る和実に、 「さ、和実ちゃん。次はこの隣――おむつ関係のコーナーを見ましょうね」  不吉に啼くカラスのように、貴子が高らかに告げるのであった。   (続く)


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