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「おむつぐみ」(39)

「ちなみに水無瀬さん、月齢でいったら、どのあたりを与えればいいのかしら?」 「ご家庭では、自由で構いませんわ。ただ、幼稚園では5ヶ月用のお粥やペーストが中心になりますから、ご家庭でも慣れさせるなり、好きなものを食べさせてあげるなり、手作りされるなり、お任せいたします。ただし必ず入園前のお子様向けの食事で、誰かに食べさせてもらうようにしてください」 「はい。和実も、判った?」 「う……うん……」 「じゃあ、食べたいのを選びなさい。日持ちはするみたいだから多めに買っておくわよ」 「た、食べたいのって言われても……どれも、食べたくなんか……」  確かにメニューは豊富だが、何を言うにも離乳食だ。自分が食べることを前提に好き好んで買う高校生などいない。 (でも、早く選ばないと、他のお客さんやお店に迷惑が掛かっちゃう……)  完全に変質者扱いで、店内の客――特に小さい子供を連れている母親からは、歩く公序良俗違反のような目で見られている。じっさい何度か、棚の陰から近づいてきては隠れている人もいるのだ。ここにいては、本当に離乳食を選びたい母親たちの邪魔になってしまう。  たった今も、カートの前に小さい娘を乗せた若い母親が棚の陰からこちらに顔を向け――そしてそのまま、笑顔で近づいてきた。 「あら~、ずいぶん大きな赤ちゃんね~。離乳食を選んでるのかしら?」  間延びした彼女の声に、和実は面食らう。  しかし和実の母親は平然と、 「ええ。そうなんです。うちの子ったら、こんなに大きいのにまだ自分で選べなくて」 「ま~、大変ですね~。うちのはーちゃんでもいえるのに、ね~」 「うん!」  カートの前に載っていた少女が、元気いっぱいに言う。  薄く生えた髪をリボンのついたヘアゴムで二つに結わえ、白いブラウス風ロンパースと、赤いジャンパースカート――短いその裾からは、おむつで膨らんだロンパースのスナップボタンが覗いている。  和実の母親はカートから離れると、その赤ちゃんに近づいて、 「可愛い赤ちゃんですね。はじめまして、おばさんに、お名前教えてくれる?」 「はーたんはね、えっとね、はじゅき! はじゅきなの!」 「葉月ちゃんね。ふふっ、ちゃんと言えて、偉いわねぇ」 「うん!」  少女は、得意満面の笑みで答える。 そんな娘の頭を撫でつつ、今度は少女の母親が、和実に向かってにっこり微笑み、 「お嬢ちゃんも可愛いわね~。お名前、教えてくれる?」 「く、倉石、和実です……」 「あら~、上のお名前まで言えて、偉いわね~。いくつ?」 「じゅ……じゅう、ごです……」  ただ名前と年齢を訊かれているだけ――しかし和実の母親が、本物の赤ちゃんに同じことをしたのを見た直後だと、羞恥心もいや増す。  葉月の母親はそれを分かっているのかいないのか、 「ふふっ、そうなんだ~。うちのはーちゃんは女の子なんだけど、離乳食友達同士、仲良くしてちょうだいね、和実ちゃん」  まるで和実が本当の赤ちゃんであるかのように言いながら、棚の離乳食を一つ取り上げる。一歳前後の赤ちゃん向けのナポリタンだ。 「はーい、はーちゃん。これは好き?」 「うん! はーたん、しゅき!」  葉月の声に、母親はナポリタンをカートに入れた後、今度は野菜の煮物を見せて、 「じゃあ、こっちは?」 「や、やっ!」 「やなの~? しょうがないわね~」  そう言って棚に戻しながら、和実の母親を振り返って、 「ね? 赤ちゃんに訊く時は、こうすればちゃんと教えてくれるわよ~」 「なるほど、確かにこれなら、うちの和実でも教えてくれそうね! ありがとうございます」  まるで同い年の幼い娘がいるかのような会話をする、母親たち。  しかし「幼い娘」の片方である和実は、いくらおむつを当てられ、ベビー服同然の「制服」を着せられているとはいえ15の少年で――さきほどからリアル赤ちゃんにじっと見つめられていることも含めて、いたたまれないことこの上なかった。  うつむいた彼の鼻先に、追い打ちをかけるようにベビーフードが突き付けられる。先ほど葉月がしたことの再演を、和実にやらせようというのだ。 「和実ちゃん、これはどう?」 「う……うん……」  12ヶ月~18ヶ月用の、五目ご飯。これならまだ、ましなほうだろう。そう思って肯くと、母親は鼻を鳴らす。 「うん、じゃ判らないわ。好きなのか嫌いなのか、教えてちょうだい。葉月ちゃんは、ちゃんとできたのよ?」 「ううう……す、好き……」 「うんうん、和実ちゃんは、五目ご飯の離乳食が好き、と。じゃあこっちの、ほうれん草入りのお粥は?」 「う……い、いやっ……!」  5ヶ月用の瓶詰お粥に、和実はボンネットを大きく揺らして首を振る。 「こっちは嫌なのね。ふふっ、でも、幼稚園でのお食事にも慣れないといけないから、ちゃんと好き嫌いせずに食べましょうね」 「う……」  けっきょくカートに入れられて、恥ずかしい思いをしただけの和実であった。   (続く)


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