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「おむつぐみ」(38)

 二階席でそれぞれ、貴子の注文したポテトとアイスコーヒーで時間を潰した後、三人は今度こそ次の目的地へと向かった。  続いて連れてこられたのは、駅からやや離れた場所にある、大型のチェーンドラッグストアである。貴子が先導し、和実の母がカートを押し、その後ろを和実がついてゆくという順番だったが、 (見られてる、見られてる……!)  いくら平日の昼間とはいえ、店内には親子連れを中心にたくさんのお客がいる。前を歩く女性二人より背が高いにもかかわらず、園児服とベビー服を掛け合わせたような「制服」を着ている和実の姿は余りに異様だった。 周囲の客や店員は、彼の頭にかぶさった黄色いベビーボンネットや、歩くたびに揺れるふりふりのお尻にぎょっと目を丸くして、 「ママー、あのお姉ちゃん、おっきいのに赤ちゃんの格好してるよー」 「しっ、見ちゃいけません」  健全な親子からの変質者扱いに、和実はますますいたたまれなくなり――どの売り場に向かっているのか、気を回す余裕もなかった。  たどり着いたところで、 「こ、ここって……!」 「ふふっ、やっと気づいたみたいね。そ、ここにあるものを一通り、揃えてもらうわ」  笑う貴子の言葉も、和実の耳には届かない。  白を基調にしたドラッグストアの中ではやや異彩を放つ、クリーム色を中心に可愛らしいパステルカラーで彩られた一角は、ベビー用品を取り扱うコーナーだった。  瓶詰からパウチまで、さまざまな味と食材の離乳食。  粉ミルクに、哺乳瓶。  サイズだけではなく柄も豊富な、紙おむつ。  そして――おまけのように置いてある、ロンパースやスリーウェイドレスなどのベビー服に、スタイやミトン、おしゃぶりなどのベビー小物、ガラガラやにぎにぎのようなベビー玩具まで―― 「これを、一通り……?」 「ええ。もう、衣類とトイレの制限は伝えたでしょ? 同じように、お食事も、お洋服も、立ち居振る舞いも――ぜんぶ赤ちゃんに合わせるのよ」 「む、無茶苦茶だよ……だってぼく、もう……」 「もう15歳で、本当なら高校に通う年の、男の子。もちろん知ってるわよ」  貴子は唇をにんまりと歪め、艶やかな低い声で歌うように言う。 「でも今の和実ちゃんは、『おむつ組』の園児さんなの。生活のあらゆる場面で、赤ちゃんとしてふるまい、赤ちゃんとして扱われること――それが陸奥学園附属女子幼稚園特別クラス、『おむつ組』の決まりなのよ」 「そんな……だからって、食事まで、赤ちゃんみたいな離乳食だなんて……!?」 いくら覚悟して「おむつ組」への編入を受け入れたとはいえ、限度がある。 「お、お母さん! お母さんも、何とか言ってよ!」  自分では話が通じないと判断した和実は、傍らに控える母親に話を振った。  すると母親は困ったように、 「そうねぇ……こんなにたくさん品ぞろえがあると、どれを買えばいいか、迷っちゃうわ」 「お、お母さん!?」 「大きな声を出さないで、ちょっと見てごらんなさいよ。いまは離乳食も、いっぱいあるのねぇ」  のんきに言う母親に気勢を削がれて、和実はつられて目の前の棚を見る。  大手食品会社が出しているベビーフードのシリーズである。月齢によって分かれていて、瓶詰のお粥や野菜から、炊き込みご飯やうどん、チキンライスや肉じゃがなど――なるほど確かにバラエティに富んでいるが、 「これを……ぼくが、食べなくちゃいけないの……?」 「ふふっ、ちょっと違うわ。食べなくちゃいけないんじゃなくて、食べさせてもらわなきゃいけないのよ」 「え……た、食べさせ……?」 「おむつも取れない赤ちゃんなんだから、ママやお姉ちゃんたちに食べさせてもらうのは当たり前でしょ? 園でも、年少組の『お姉ちゃん』たちに食べさせてもらうことになるから、早めに慣れておいてちょうだいね。スプーンで食べさせてもらうのって、けっこう大変みたいだから」 「う、うそでしょ……?」  想像して、ゾッと背筋が寒くなる。  自分一人だけこの「おむつ組」の制服で、普通の幼稚園制服を着た年少組の女児たち、例えば香織や早苗から、赤ちゃんかひな鳥のように給餌される―― (はーい、和実ちゃん。大きく口を開けて、あーんってするのよ。ほんとは高校生のお兄ちゃんなんだから、そのくらいできるよね?) (う、うん……あーん……) (もう、香織ったら、意地悪言わないの。はーい、和実ちゃん。ちゃんとお口をあけられて、いい子ねー。今度はお口を閉じてー。うんうん、よくできましたー)  そんな光景を思い描いただけで、『おむつ組』をやめたくてたまらなくなるが――マンション前で啖呵を切ってしまった以上、もはや逃げ出すこともできなかった。   (続く)


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