「おむつぐみ」(37)
Added 2020-03-09 10:12:29 +0000 UTCしかも、まだ終わりではなかった。 「はーい、最後にちょっと、お化粧してあげるから、じっとしててねー」 「お、お化粧……?」 「ええ。お嬢ちゃんはもともと可愛いからいらないくらいなんだけど、せっかくだからもうちょっと、可愛くなりましょうねー」 美容師は言いながら、和実の顔に軽くファウンデーションを載せ、眉毛を整える。ここまではほとんど目立たない変化だったが――最後にきつめにチークをつけられると、 「ほーら、可愛くなった。これでもっと、赤ちゃんみたいになったわねー」 「や、やぁっ……」 恥ずかしさのあまり、和実はかぶりを振る。耳まで満面に朱を注ぎ、頬紅よりも赤くなりながら、 「これも、『おむつ組』の決まりなんですか……!?」 「ええ、そうよ。通園するときはちゃんとチークをつけて、赤ちゃんほっぺになるようにって。お母様も、よろしくお願いしますね」 「はい、判りました」 今まで影のように後ろに控えていた和実の母は、にっこり笑って肯く。 保育士の水無瀬貴子も口をはさんで、 「今後は二週間に一度、こちらで髪型をセットしてくださいね。それも『おむつ組』の決まりですので」 「二週間に、一度ですね。判った? 和実ちゃん」 「う、うん……」 まだ信じられない思いでうなずく和実だったが――頭を上下させるその動きに、かぶっているベビー帽子が大きく揺れて、ようやく実感がわいてくる。 まるで赤ちゃんのように丸められ、悪ふざけのように前の一房だけを残した、「おむつ組」の髪型で、 (これから一年間、過ごさなくちゃいけないんだ……) (とうぜん、何もかぶらない状態じゃ恥ずかしくていられないから、ずっといまみたいに、赤ちゃん用の帽子をかぶって……) 背筋に寒いものを感じて、チェアに座ったまま硬直する和実に、貴子はにんまりと笑って追い打ちをかける。 「ふふっ、心配しなくても大丈夫よ。その黄色のボンネットは通園用だけど、他にも『おむつ組』専用の普段着に合わせた帽子が、用意されてるからね」 「専用の、普段着……?」 「ええ。ま、それは最後のお楽しみで、先に『おむつ組』の生活に必要な、一般的なものを揃えてもらうことになるんだけど」 「つ、つまり、赤ちゃん用の――?」 「それは見てのお楽しみ。さ、行きましょう」 「は、はい……」 和実は不安に声を震わせ、チェアから重い腰を上げる。 すると美容師がそのお尻を見て、 「あ、お尻のフリル、潰れちゃってるわよ。直してあげる」 「う……ありがとうございます……」 立ち止まってお礼を言うと、その拍子に、鏡に映る自分の姿が目に入る。お尻のフリルを美容師に直してもらっている様子は、いっそう「大きな赤ちゃん」じみていた。 「これでよし、と。じゃ、またのご来店をお待ちしています」 「は、はい……ありがとうございました……」 丁寧に頭を下げて、再び外へ――とたんに、通りを歩いていた人たちがぎょっとこちらを見る。立ち止まってじっと見つめる人たちもいるほどだった。 何しろ今の和実の格好は、髪型とボンネットのせいで「ベビー服のような園児服」から「園児服のようなベビー服」へと退行している。小さな子供でも人目を引いただろうに、160センチ近い少年なのだから、奇異の目で見られて当然だった。 和実は真っ赤になって、 「は、早く、早く行こう……!」 「あらあら、和実ちゃんが急かすなんて、そんなに『おむつ組』の準備が楽しみなのかしら」 なぜか駐車場に向かわず、貴子はにやにやと笑いながら、 「実はまだ九時前で、次に行く予定のお店が開いてないのよね。ちょうど喉も乾いたでしょうし、すぐそこにファーストフード店があるから、一休みしていきましょう?」 「じゃ、じゃあ、ぼくは車で待ってるから……!」 「ちゃんと水分取らないとダメよ。お姉さんが奢ってあげるから、いらっしゃい。お母様も、よろしいですね?」 「ええ、お任せしますわ」 「そ、そんなっ……」 泣きそうになりながらも、二人のあとについて、すぐ近くのファーストフード店に入る。 店内には座席に10人ほど、注文待ちに4人ほどのお客がいたが、彼らに一斉に目を向けられて、和実の陰嚢がきゅっと竦みあがる。 「何あれ、園児プレイ? 赤ちゃんプレイ?」 「どっちかって言うと赤ちゃんみたいね。おむつも当ててるみたいだし、本格的~」 「確かに、髪型も赤ちゃんみたい。あれじゃ普通の生活、送れそうにないわね」 「ね。真っ赤なほっぺで、恥ずかしそ~」 テーブル席の女性客の囁きが耳に入り、和実はさらに赤くなる。通報されないだけましだが、やはりこの格好は人目を引いて仕方なかった。 いっそ堂々としてしまえばいいのかもしれないが、目立たないように生きてきた和実にはそんな度胸もなく――恥ずかしそうにもじもじしているせいで余計に目立って、恥ずかしい思いをするのだった。 (続く)