「おむつぐみ」(36)
Added 2020-03-08 10:27:05 +0000 UTCそんな会話が交わされていたとは露知らず、ようやく女性客のツーショット要求から解放された和実の「カット」が始まる。 「はーい、お嬢ちゃん。私がこれからお嬢ちゃんを、『おむつ組』の髪型にしてあげますからねー。長くなるけど、、じっといい子にしててくださーい」 「は、はい……」 美容師からの女の子――それも幼稚園児のような扱いをされる和実だったが、反論する余裕もない。大人しくチェアに座り、首から上だけを出すように体にシートをかぶせられる。果たしてどんな髪型にされるのかと、店に入る時よりも緊張して待ち受ける和実に、 「ふふっ、そんなに硬くならないで、リラックスしてちょうだいねー。あ、でも、びっくりして動いたりしないようにね」 「う……び、びっくりするような髪型なんですか……?」 「それは見てのお楽しみ。あ、なんなら目をつむっててもいいわよ。終わったら、声をかけるから」 「い、いえ、大丈夫です……」 「そう? じゃあ、まずはカットから始めますねー」 美容師はウキウキと、ヘアクリップで和実の髪を上向きに留めてゆく。そして下から順に、どんどん短く刈り込んでいった。 (え……? お、女の子っぽい感じにするのかと思ってたのに……) (これじゃまるで、五分刈りみたいな……) ほとんど野球少年並みの短さである。女の子っぽさはないが、シートの下に着ている「おむつ組」の制服と対比するとこれはこれで恥ずかしい。しかも奇妙なことに、前髪の一房だけが薄く残してある。 「はーい、次はバリカンでーす」 「えっ……!? ば、バリカン……!?」 戸惑う和実の頭に、容赦なくバリカンが当てられる。前の一房だけ残した坊主頭に変わり果てた自分の髪型を見て、ようやく「おむつ組」専用髪型の意味を悟る。 (これ――赤ちゃんの、髪型だ……!) 羞恥に赤くなっていた和実の顔が、逆に青ざめる。「女の子っぽい髪型は恥ずかしい」どころではない。まだ髪の毛も生えていない赤ちゃんとしての髪型を、強要されているのだ。 さらに青々とした剃り残しも、シェービングクリームをつけ、剃刀を当てられて落とされる。おでこのあたりに一房あるせいでスキンヘッドとも呼べない、まさに「赤ちゃん」の髪型に変わってしまっていた。 最後にクリームを洗い落として、前髪にドライヤーを当て、シートを取り除けられれば―― 「はい、完成よ。ふふっ、大人しくできて、偉かったわね~」 「あ、あ……ぼく、こんな、髪型で……?」 鏡に映る、変わり果てた自分の頭。信じがたい思いで触れてみても、指に伝わるのは頭皮の感触のみで、和実は呆然と鏡を見つめるほかなかった。 つるつるなだけならまだしも、一房だけが緩やかにカールしているのは完全に赤ちゃんである。たしかに、ふりふりブルマーがベビー服のような「おむつ組」の制服に、これほどふさわしい髪型もないだろう。 だが―― 「この髪型で、この制服で……幼稚園に、通わなくちゃいけないの……?」 あまりにも徹底した赤ちゃん扱いに、羞恥どころではない絶望に満たされる。もはや、入学式で晴れがましい気持ちに満たされていた男子高校生の面影はどこにもなかった。 美容師は、そんな和実の肩にポンと手を置いて、 「ふふっ、それについては心配いりませんよ。ちゃんと専用の帽子があるから、それをかぶれば頭を見られなくて済むわ」 「帽子……って、それもまさか、赤ちゃん用の……」 「あら、さすがに判っちゃった?」 悪戯っぽく笑うと、美容師は従業員用のスペースに引っ込み――戻ってきたその手に持っていたのは、黄色い通園帽子とよく似た、しかしそれよりもいっそう幼いデザインのベビー用ボンネットだった。 「あ、あ……!」 「ふふっ、可愛いわねぇ、これ。ふちにフリルがついてて、内側にも白いレースがあって、リボンもしっかりした大きいリボンで。本当に、幼稚園児と赤ちゃんの間って感じで――その制服にぴったり」 美容師は後ろから言いながら、その帽子を和実の頭にすっぽりとかぶせる。つるつるに剃られた頭皮に、帽子の内側に張られたサテンの滑らかな感触が触れるが、それを気持ちよいと感じる余裕すらもなかった。 首の下で紐を結ばれると、園児帽子のゴムを引っかけたときにも似た――しかしそれよりもずっと強い感触だ。視界の上半分を黄色いフリルが縁取るのも、通園帽子以上に「かぶっている」感覚が強い。 (本当に、赤ちゃんの帽子だ……!) ふいに股間に当たっているおむつの感触や、太腿の付け根を締め付けるおむつカバーの感触が、いっそう強く感じられた。おむつに、おむつカバーに、ふりふりの吊りブルマー――さらに黄色いベビー用ボンネットのせいで、恥ずかしい幼稚園児から、さらに恥ずかしい女児ベビーへと堕ちてゆく。 しかし、 「わぁ、かわいい!!」 「さっきのもよかったけど、その帽子も可愛いわね!」 待合室の女性客たち(すでにヘアカットが終わったのに残っていた人もいた)は大喜びで、またしてもスマホのカメラを和実に向ける。 和実はもはや逃げ隠れする気力もなく、椅子に座ったまま、 (「おむつ組」の生活――思った以上に、本格的に赤ちゃん扱いされることになりそう……) 呆然と、赤ちゃんになり果てた自分の姿を見つめるのだった。 (続く)