「おむつぐみ」(32)
Added 2020-03-04 11:37:26 +0000 UTC「うっそー! マジで倉石センパイじゃん!」 すぐに反応したのは、トワのほうだった。遠慮なしに外扉を開けて庭に入ってくる彼女に、思わず一歩退く和実だったが、 「知り合いの子なんでしょ、ちゃんと挨拶なさい」 「う……は、はい……」 既に玄関に鍵をかけている母親に退路をふさがれ、和実は大人しく女子中学生たちに向き合う。 「うわぁ~~……」 待つほどもなくやってきたトワはそう言ったきり、目を丸くして和実を眺める。いつもは考えるより先に口が動く彼女だったが、さすがに声も出せない様子だった。 (うう、視線に嘗め回されているみたい……ぜったい二人に、変態だって思われてるよ……!) 和実がぞっと身震いしていると、トワから少し遅れて来た園子が、友人のスカートの裾を引っ張りながら、 「ちょっとトワちゃん! 失礼だって! あ、あの、すみません、勝手に入り込んじゃって……!」 謝りながらも、その目は和実をじっと見つめている。名門校に入学したはずの先輩が、幼稚園児よりもさらに幼い「制服」を着ていることに対する疑問と混乱、そして一抹の好奇心を隠せていない。 「で、その……おはようございます、倉石先輩。お母様も、おはようございます」 「はい、おはよう」 「う……お、おはよう、二人とも……」 「ちーっす。で、どしたんすか、そのかっこ? まさかセンパーイ、高校から幼稚園に落とされたんっすか~?」 「ちょっとトワ、いくらなんでも、そんなわけ――」 「その、実は、その通りなんだけど……とりあえず、歩きながらでいいかな? これから、出かけなくちゃいけなくて……」 「出かけるって……まさか先輩、その格好で……!?」 常識的な反応を示す園子に、和実はぐっと言葉に詰まる。 しかしトワのほうはあっけらかんと、 「はいはーい。ほら、そのっち、行くよ」 園子の腕をつかんで、外へと歩いてゆく。 和実と母親もその後から、家の前を通る道路に出て―― 「う……!」 道に出た途端、行きかう人々の姿に和実は立ちすくむ。特に多いのは通学中の小中学生で、彼らの視線が一斉にこちらに向くと、 「わっ、なにあれ?」 「幼稚園児……? にしては、おっきくね?」 「おしりがふりふりで、ベビー服みたい」 (わ、判ってたけど、やっぱり変に思われてる……! 絶対すぐに、ご近所中の噂になっちゃうよ……!) 囁きかわす声が切れ切れに耳に届いて、和実はこの場から逃げ出したくなる――が、 「で、センパイ、どういうことなんすか?」 「その制服――ただの幼稚園の制服じゃないですよね?」 「う、うん……」 園子とトワの質問に冷静さを取り戻し、和実は目的地に向かって歩きながら答えてゆく。 「その、ちょっとした事情で、一年間、附属幼稚園の、特別なクラスに編入されて……いま着てるのは、その制服なんだけど……」 「特別なクラスの制服――って、それ、ほとんどベビー服じゃん。スカートじゃなくてブルマーだし、お尻もふりふりだし、股のところにボタンもついてるし」 「しかも先輩……その、ブルマーの中に、おむつ当ててますよね……?」 「うん……年少組より下の、赤ちゃん扱いの『おむつ組』クラスだから……おむつも、制服の一部だって……それで今日は、幼稚園生活に必要なものを買いに、園の人と一緒に出掛けることになってて……」 「…………」 和実の説明に、女子中学生二人も沈黙する。 しかしすぐに、 「つまりもう一年、幼稚園児に戻れるってことっすよね? んー、ちょっとだけ、うらやましいかも」 「う、羨ましい?」 「うん。たまにはあの頃みたいに、なーんにも考えずにはしゃぎまわってみたいなー、なんて。さすがにそのベビー服みたいな制服は、ちょっと恥ずかしいっすけどね」 「ううっ……!」 「ちょっとトワ、そんな簡単な話じゃないってば! 先輩は、一年も幼稚園に通わなきゃいけないんだよ!」 「決まっちゃったもんはしょーがないじゃん? センパイだって、もう幼稚園に通うって決めたわけだし、ならちょっとでも楽しんだほうがいいっしょ?」 「そ、それはそうだけど……」 園子は小さくため息をついて、和実に向き合う。 「その、先輩……なんて言っていいか判りませんけど……が、頑張ってくださいね。私も応援してますし、できることがあるなら、何でも協力しますから……」 「あ、あたしもあたしも~!」 「う……うん。ありがとう、二人とも」 そうして話している間に、和実は公営住宅の前へとたどり着いていた。 普段は附属幼稚園の園バスが、園児たちをピックする場所であり、今日の待ち合わせにも指定された場所なのだが――今は園児もおらず、待ち合わせの相手も来ていないようだった。 女子中学生二人とも、ここでお別れである。 「じゃ、あたしたちは学校あるんで。先輩も頑張って、幼稚園児になってくださいねー!」 「何かあったら、いつでも連絡くださいね、先輩!」 そう言って立ち去る二人を、和実は苦笑しながら見送るのだった。 (続く)