「おむつぐみ」(31)
Added 2020-03-03 11:42:21 +0000 UTC和実は着替えののち、一階のリビングで朝食を済ませる。 服装以外はいつもと変わらない、日常の一コマ――だからこそ、「おむつ組」の制服を着るのが「日常」になってしまったことに、強い違和感が胸をざわつかせた。 そして、少し休憩したところで―― 「さ、お出かけの支度をしましょう」 「うん……」 朝8時。出かけるにはかなり早い時間だったが、幼稚園の指定した時間が近づいていた。 (せめてもうちょっと、遅い時間なら良かったのに……ちょうど通勤通学で、ご近所のみんなが出てくる時間じゃないか……) ぼやきつつ、再び「ベビールーム」で出かける支度にとりかかる。 黄色い通園バッグに、園からの電話で言われたものを入れてゆく。ハンカチ、ティッシュに、高等部の生徒手帳と、写真入りの学生証――ライトグレーのブレザーに青のネクタイを締めた、「高校生」としての自分の写真を見ていると、余計に切なくなる。 (これは向こうで、回収するんだろうな……) 名残を惜しみつつ、和実は通園バッグにしまってゆく。 いやいやながらも、鏡の前で制服のチェック。丸襟とリボン、名札を直し、ブルマーのお尻についたフリルも整えていると、本当に好きでこの制服を着ているかのようで、どんどん自分が変態になってゆくような気分に陥る。 そして最後に、黄色い安全帽をかぶり、通園バッグを斜掛けにすると―― 「う……ほんとに、幼稚園児だ、これ……!」 鏡に映る自分の姿に、うなるように呟く。 女児用の丸襟ブラウスに、大きなピンクのリボン。上から着ているのは明るい水色の、ダブルボタンのイートンジャケットで、いかにも幼稚園児らしい。袖口からは、ブラウスの白いフリルが覗いている。 ジャケットの下には、スカートですらない、淡い黄色のギンガムチェックブルマーである。中に当てたおむつのせいでふっくらと膨らみ、特にお尻側はフリルでボリュームが出ているため、腰の細さも気にならない。太腿もとうぜん丸出しで、足首にはソックスのレースが広がっている。 しかも着ているのは、160センチ足らずの少年――幼稚園児と比べて細く、手足も長い。可愛らしい制服を着るにはあまりにもアンバランスで、コスプレじみたみっともない姿になっていた。 「は、はは……これで、外に……悪い夢でも、見てるのかな……」 悪い冗談のような状況に、思わず虚ろな笑いが出る。 しかし頭にかぶさる通園帽の重みや、上半身を包む細身のブラウスの肌触り、ジャケットの硬さ、股間を包むおむつに、下半身を締め付けるおむつカバーとブルマー――そうした制服の感触が、夢うつつの境に逃げることすらも許してくれない。 「はぁっ……でも、もう、慣れるしか、ないんだよね……」 パンパンと自分の頬を叩き、 「――よし! こうなったら、幼稚園児にでもなんでも、なってやる……!」 気合を入れ直し、和実は「ベビールーム」を出て、玄関へと向かうのだった。 玄関ではすでに母親が待っていて、 「さ、出かけるわよ。先に靴を履いて、外で待ってなさい」 「う、うん……」 できればぎりぎりまで家の中で待っていたかったが、いつまでも先送りしていても仕方ない。大人しくローファーを履いて立ち上がり、外界とを隔てる扉に向かい合う。 (もう、後戻りできない……!) おむつの中で、陰嚢が竦む。 それでも和実はドアの鍵を開け、ノブを掴んでゆっくりと押し開き―― 「――!!」 明るく開けた視界に、息が止まる。 四月とはいえまだ肌寒い風が剥き出しの太腿を撫で、春特有の空気と匂いが、心を乱す。鳥の声や、風に木々が揺れる音も鮮明になり、どこかから少女たちの話し声も聞こえてきて―― (だ、誰かいるの!?) 先ほど入れた気合が、一瞬にして消し飛ぶ。 和実がその場に硬直して、じっと前を見つめていると、塀の向こうをセーラー服姿の女子中学生二人が横切ってゆく。 (こ、このまま気付かずに、通り過ぎちゃって……!) 祈るような気持ちで見つめる中、女子中学生は正面を向いてしゃべりながら歩いてゆく。あとは門の前を通り過ぎてしまえば、数歩で視界から完全に消える。 (よし、これなら何とか――) 「お待たせ、和実! さ、行きましょう!」 背後からかかる母親の声に、ちょうど門の前にいた少女たちがこちらに気付いた。 「あ……」 「え……?」 破局を悟る和実の声と、驚愕に呆然とする少女たちの声。 凍り付いたような時間ののち、 「く、倉石先輩、ですよね……?」 女子中学生の片方――美人ではあるのだがやや影が薄い、黒髪をハーフアップにした少女が尋ねると、 「えっ、アレ、マジで倉石先輩……!?」 もう片方――やや化粧の濃い、明るめのロングヘアをシュシュでサイドテールにしたギャル系の少女が呟く。 その声に、和実もようやく思い出す。 「う、上村さんに、狩野さん……」 二人とも、和実が中学時代所属していた美術部の後輩。特に仲が良かった上村園子と、その親友・狩野トワだった。 (続く)