「おむつぐみ」(’27)
Added 2020-02-27 11:54:40 +0000 UTC「はぁ……」 夕食を食べ、二度目のおむつおもらしのあとでお風呂に入った和実は、バスタブに肩まで沈めるようにしながら大きく息をついた。 「制服が届いてから半日で、すごい、疲れた……」 ほとんど外にも出ていない、ほんの目と鼻の先の公園に行ってきただけなのに、相当に精神力を消耗してしまった。いまとなっては、こうして裸になってお風呂に入っている間だけが、心から休息できる唯一の時間になりそうだった。 「明日は、お買い物か……」 あの「おむつ組」制服であちこち行かなければならないと、想像しただけでも憂鬱だった。 いつもよりやや長いお風呂から上がり、体を拭いたところで、いつものように下着と服を探すが見当たらない。 「そういえば、おむつ当ててもらいに、このまま二階に行かなきゃいけないんだった……」 和実は肩を落としながら、腰にタオルを巻いた状態で二階に上がる。 二階の「ベビールーム」では、すでに母親が準備万端。おしめ交換マットの上に、黄色いおむつカバーとおむつを敷いて待ち構えていて、 「遅かったじゃない。ほら、そこに寝なさい」 「う、うん」 和実はタオルを外し、寝転がる。裸の下半身を見られるのは恥ずかしかったが、 (お母さん相手にさえ四の五の言ってたら、これから先、やってられないし……) 諦めて、ぐっと唇を噛んで身をゆだねる。 その間に母親は、先ほどと千代がしたのと同じようにベビーパウダーを股間にはたくと、多めにおむつを当ててくれる。おむつカバーのスナップボタンを留め終えると、 「じゃあ、佐々木さんにいただいたこれをパジャマにするからね」 「う……うん……」 広げたのは、昼間に楓子から譲られた大人サイズのベビー服。丸襟がついたピンクのチュニック――に見せかけた、ロンパースだ。 (パジャマくらいは、普通のが着たかったのに……) 「ほら、立ち上がって、こっちに両手を出して」 「うん……」 割烹着のように袖を通すと、背中側のスナップボタンを留められる。明らかに一人では脱ぎ着することができないデザインに、いっそう赤ちゃんめいた気分になる和実だった。 (しかもこんな、いかにも女の子の服みたいなデザインで……) (襟にはSissy――女の子の格好をする趣味のことだって……そんなんじゃないのに……) しかし母親は容赦なく、背中のボタンを留め終えると、クロッチ部分も止めてしまう。おむつカバーが隠れるようにすると、 「うん、これでよし。ああ、いいじゃない。ほんとに赤ちゃんの女の子みたいで」 「うう……嬉しくないよ……」 とはいえ脱ぐわけにもいかず、結局これを着ているしかないのだが―― 「そうそう、あんたの服だけど、明日にでも佐々木さんにあげちゃっていいわよね?」 「え……な、なんで!?」 母親の言葉に、和実は血相を変える。 しかし母親はけろりとした顔で、 「だって、向こう一年はずっと制服と、園の指定する服しか着られないんでしょ? だったら、とっておいても意味ないじゃない」 「そ、それは、そうだけど、でもっ……!」 「決まりなんだから仕方ないでしょ。この部屋で寝起きしなさいとは言わないから、園の指示にくらい、ちゃんと従いなさい」 「う……は、はーい……」 これ以上文句を言うと、自分の部屋にすら立ち入りを禁止されそうで、和実は不承不承うなずく。逃げるように隣の自室に帰ってくると、ようやくちょっとは落ち着くが、なまじ男子高校生らしいモノトーンの部屋に、ピンクのロンパースを着ているのも違和感がある。 布団に潜り込むと、服がすっぽり隠れるのでちょっとはマシになる――が、股間に当たるおむつも、ぴっちりとしたロンパースも、肌触り自体でその存在を伝えてくる。 「はぁ……もう寝よう……」 今日は疲れた。 そして明日は、今日よりも恥ずかしい目に遭うことが確定している。 激動の半日を思い返して、また恥ずかしさがぶり返してくる和実だったが、 (でも――藤原さんと仲良くなれたのは、ちょっと嬉しかったな……) (あんな、ママと娘みたいな関係だったけど……でも、藤原さんと仲良くなるには、あれしかなかったみたいだし……) (ちょっと不本意だけど、悪いことばかりじゃなかったかも……) (それに――ほんのちょっとだけ、気持ちよかっ――) つらつらと考えるうちに、和実の意識は徐々に闇に食われてゆき、いつしか彼は赤ちゃんのように、静かな寝息を立て始めたのだった。 (第一話 了)