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SS「憧れと、初めてと」(1)

 ――ひと月ほど前のこと。  日曜朝、8時30分から始まるプリキュアの前に、洗濯物を干しておこうとベランダに出たところだった。溜まった数日分の服や下着、フェイクの男物パンツを干していると、お隣のうちのベランダから少女が顔をのぞかせた。 「おはよう、お姉さん」 「おはよう、里沙ちゃん。日曜日なのに早起きできて、偉いわね」 「えへへ、ちゃんとベランダのお野菜とハーブに、水をあげてるんだ。お姉さんはプリキュア?」 「えっ……」  いきなりの爆弾投下に、私は一瞬固まってから、 「な、なんのことかな? お姉さんはもう、プリキュアなんて――」 「見てるじゃん。可愛いお部屋で、プリキュア頑張れーって」 「なっ……!? ど、どうして、それを……!」  今度こそぎょっとして、思わず訊き返す。  少女は無邪気に笑いながら、ベランダを仕切るプラ板の、金属製の枠との隙間を指さして、 「ここ、反射すると、角度的にお姉さんのお部屋が映るんだよね。先週、ベランダに出たらお姉さんの部屋からプリキュアの音が流れてたから、あれっと思って見たら偶然」 「う、うわああぁっ!」  頭を抱えてうずくまる。顔から火が出るとはこのことだ。まさか私の数少ない――しかし人に知られるわけにいかない趣味が、バレてしまうなんて。 「まさかあんな可愛いお部屋でプリキュアを見るのが好きだったなんてねー。お姉さん、意外と可愛いところあるじゃん」 「り、里沙ちゃん!? お願いだから、このことは誰にも――」 「そんなに声を裏返さなくっても、誰にも言わないったら。代わりに……お姉さんの部屋に、あげてくれる?」 「う……うん……」  逃げるようにベランダから部屋に入り、ため息をつく。 (うう、この部屋なら、窓を開けても見られないと思ってたのに……)  駅からかなり離れたマンションの7階。周囲には高いビルもなく、お隣とも仕切りがあるから大丈夫と油断していたのが甘かった。 「はぁ、しょうがないか……」  部屋を通って、廊下から玄関に回る。すぐにチャイムが鳴って、 「いまあけるから、ちょっと待って」  いやいやながらもドアを開けると、黒のTシャツにピンクのサロペットを着た里沙ちゃんが、にっこり笑って立っていた。 「お邪魔しまーす」 「お、お手柔らかに……」  冷や汗をかきつつ、里沙ちゃんを部屋に通す。短い廊下を通って突き当りに二つの扉があり、右手はリビング兼客間。いつも誰かが来たときに通すのは、こっちの部屋だ。  でも、今回は左手のドア――ややお洒落な白いドアを開けて、 「わぁ、すごーい! かっわいー!」  里沙ちゃんの声に、恥ずかしくも嬉しくなる。  そこは、24歳の疲れたOLが暮らすには不釣り合いな、パステルカラーの「女児部屋」だった。勉強机やクローゼット、ベッドなどの家具も、白を基調にした瀟洒なもの。カーテンもピンクとレースの二枚重ねで――あれをちゃんと閉めておけば、こんなことにはならずに済んだのになぁ。ちなみに内装や家具だけじゃなくて、女児服やおもちゃ、少女漫画なんかもそろえてある。  この部屋は、いわば私が「拗らせた」産物だった。うちは躾に厳しくて――今から思うと家計の問題も大きかっただろうが――可愛いお洋服や少女漫画を買ってもらえなかった。お金持ちの友達が可愛いお洋服を着て、可愛いお部屋に住んで、可愛い少女漫画を読んでいるのを見せられて、憧れだけが募っていった結果、上京して大学に入り、アルバイトしてお金が自由になったとき、むかしは買えなかった可愛いものに手を出したのだ。  最初はぬいぐるみや少女漫画など、女子大生の部屋にあってもおかしくないもの。  続いて、ベッドカバーやカーテン、家具などの、ギリギリ見られても言い抜けられるもの。  しかし大学を卒業し、社会人になって自由なお金がさらに増えると同時、ストレスも大学時代の比ではないほど強くなったことで、最後のタガが外れた。オーナーの許可を得てベッドルームの内装をパステルカラーに張り替え、自分では着ない可愛い女児服をそろえて、小学校低学年の女の子が喜びそうな――あのころのままで心が止まっている私が、好きなようにしてしまったのだ。  この部屋なら、私は思う存分あの頃の渇望を満たせる。寂しいOLの趣味と判っていながらも、仕事に疲れて帰ってきた私にとって、唯一の癒しだったんだけど――まさか里沙ちゃんに、バレちゃうなんて。  里沙ちゃんは部屋の真ん中で見まわしながら、 「みんなピンクで、ふりふりで……お姉さん、こんな部屋が好きなんだ?」 「あ、あの……ごめんなさい……」 「ん? 謝ることないじゃん? 好きなんでしょ?」 「うん……でも、変でしょ? 24にもなって、こんな部屋作って……」 「変じゃないって。好きなら好きって言ったほうが、絶対いいんだから。でしょ?」 「そう……なのかな……」  里沙ちゃんのまっすぐな言葉に、ほんのちょっと救われた気分になる。 「絶対そうだよ! ね、あの服も、お姉さんの趣味なんでしょ?」 「う、うん、まぁ」  部屋に吊るされた、可愛い服の数々。「ピアニッシモ」や「アンジェリックベイビー」などの、小学校でも低学年向けの女児ブランドが中心だ。フリルやレースがたっぷりで、ちょっぴりレトロなデザインの女児服。もちろん私自身が着るためのものではなく、部屋の装飾に過ぎないんだけど―― 「じゃあさ、お姉さん」  里沙ちゃんはその服の一つ――壁にハンガーで掛かっていた、白いタートルネックのカットソーと赤チェックのワンピースを手に取って、 「これ、着てみてちょうだい♡」   (続く)


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