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「おむつぐみ」(18)

「え――」  予想外過ぎる返事に、和実は一瞬硬直して、 「い、いいよ! 藤原さんにさせるわけには――」 「遠慮しないで。こう見えてもあたし、ちっちゃい妹がいて、おむつ交換は慣れてるから!」 「そうじゃなくて、恥ずかしいから――」 「あ、そっか……うーん……」  千代は今さら気付いたように考え込む。  判ってもらえたかと、和実がホッとした瞬間、 「じゃ、和実ちゃんも慣れて♡」 「えぇっ!? あ、あの、ほんとに恥ずかしすぎるから、下で待ってて――」 「だーめ。我慢して、ね?」  千代はニッコリ笑顔で言った後、ふと真面目な顔になり、 「それに、和実ちゃんさ。真面目な話、これからもいろんな人におむつを替えてもらうことになるんだろうから、早めに慣れたほうがいいんじゃないの?」 「う、それは――」  和実は口ごもり、赤かった顔を、さらに赤くしながら答える。 「でも――こんなところ、藤原さんには、いちばん見られたくなかったから――」 「……………………」  少年の言葉に、千代は目を丸くする。  しかしすぐに満面の笑みを浮かべて、 「大丈夫だよ、和実ちゃん。あたしも――好きだから」 「……え?」  心臓が、ドクンと跳ねる。 (まさか、藤原さんが、俺のことを――!?)  信じられない思いに、時間が永遠に引き延ばされるような錯覚に陥っていると―― 「あたし――いまの和実ちゃんが、とっても可愛くて大好き! だからいっぱい、お世話してあげたいの!」 「あ、そ、そう……」  続く言葉に、和実は毒気を抜かれて落胆する。 (ま、そりゃそうだよね……この格好が好きって言われても、嬉しくなんてないけど……)  がっくりとうなだれる和実。  しかし千代は、彼の落胆など気にも留めぬ風で、 「って、あんまりのんびりお話してると、おむつがかぶれちゃうから、早くお二階に行きましょうね。たっち、できる?」 「で、できるよお……!」  和実は情けない声で、床に手をついて立ち上がる。  座ったままの千代は小さく拍手して、 「わぁ、一人でたっちできるのね! 偉いわよ、和実ちゃん!」 「も、もう、赤ちゃん扱い、しないでったら……」 「ふふっ、ごめんごめん。あんまり可愛い格好をしてるからつい、ね」  千代も立ち上がって、園児服姿の和実の姿をあらためて眺めまわす。  その視線に、和実がまた身震いしていると、 「それじゃあお母様、私、和実ちゃんのおむつを交換してあげますね」 「いいの? 悪いわね、せっかく来てくれたのにろくなおもてなしもできないばかりか、息子のおむつ交換まで任せちゃって」 「いえいえ、好きでしてることですから。それじゃ、和実ちゃん。ジャケットを取りに来たんでしょ? ちょっと失礼して――」  千代はリビングに入ると、テーブルの上に置きっぱなしだった制服の上着を持って来て、 「へー、上はダブルのイートンスタイルなんだぁ。高校の制服と違って、幼稚園児らしくていいわね。はい、どうぞ」 「うう……ありがとう……」  受け取りながらも、和実は情けない気持ちでいっぱいになる。  千代が着ている陸奥学園高等部の女子制服は、グレーのブレザーとスカートに水色のリボンという、上品かつ謹厳でありながら少女らしさを引き立てるデザインで、清楚な美貌の千代にはよく似合っていた。  ちなみに男子制服は、下がズボンで水色のネクタイを結ぶかたちなのだが―― (結局、試着を含めて二回しか着なかったんだよな、あれ……) (でもって、今はこの制服……)  もはやスカートですらない、ベビー用ブルマの「制服」。千代の着ている高校制服と見比べると、同い年だというのに自分の格好があまりにも幼すぎて、 「いいなぁ、その制服……」 「あら、和実ちゃんも、あたしの制服着てみる?」 「そ、そうじゃなくて!」 「ふふっ、冗談よ。ごめんね、こんな制服じゃなくて、着替えてきたほうが良かったのかもしれないけど、うちはいろいろ厳しくて、学校帰りでもないと寄れないから――」 「あ――」  千代の家はもともとこのあたりの素封家――平たく言えば地方豪族で、一帯を所有する大地主でもあった。戦後はかなり所有地を減らしたが、それでもかなり広い雑木林と竹林に囲まれた屋敷に住んでいて、近隣住民は一体を「藤原の森」と呼んでいる。  そんな家のお嬢様が自分のことを心配して、貴重な時間を使って会いに来てくれた――感謝と感激で胸がつまり、 「ううん、ありがとう。来てくれて嬉しいよ」  和実が本心から答えると、千代はにっこりと微笑んで、 「よかった。なら――今度こそ二階に上がって、おむつを替えてあげるね」 「うう、それは勘弁してほしいんだけどなぁ……」  話はまたも同じところに戻ってきて、和実は肩を落としながらも、大人しく階段をのぼり始めるのだった。   (続く)


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