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「おむつぐみ」(17)

「な、な、な――」  とっさに言葉が出ない。悪い幻覚かと思うほどだったが、何度瞬きしても母親の斜め後ろに立つ少女の姿は消えず、むしろ一歩こちらに近づいてきて―― 「か、か、か――」  千代のほうも驚きは同じらしく、言葉に詰まったまま上手く口が回らない様子だ。しかしそれでも、先に意味のある単語を発したのは彼女のほうが先だった。 「可愛い! 倉石くん!? 倉石くんだよね!?」  彼女はそう叫ぶなり、ローファーを脱ぎ捨てるように玄関に上がり込むと、まだ心の準備もできていない和実の前に回り込み、肩を掴んで正面から覗き込んだ。 「わぁ、ベビー服みたいな、園児服みたいな……すっごく可愛いじゃん! 和実くん、家ではこういう格好してたんだー!」 「ち、違うよ!」 「恥ずかしがることないって。こんなに可愛いんだったら、もっと早く見せて欲しかったなぁ。そしたらあたし、喜んでママ役をやったのに!」 「だから、違うったら! これは……!」  あわただしく、和実は事情を説明する。  入学式での失禁ののち、校則に基づいて「おむつ組」への編入を言い渡されたこと。  今日届いた「おむつ組」制服――下がスカートですらない、ベビー服のような園児服を試着していたこと。  さらに幼稚園からの電話で、今後はおむつの中に排泄するように連絡があり、ちょうどいまおもらししたところであること――  説明した途端、股間からお尻にかけてぐっしょりと濡れた感触を思い出して恥ずかしくなる。たった今、小水はおろか精液まで出した直後なのだ。 「ふんふん、なるほどね」  困惑の極みとあって要領を得ない和実の説明を、千代は(じっと和実の園児服姿を眺めながら)聞いていたが、 「つまりこれから、倉石くんは赤ちゃんとして生活しながら、幼稚園に通うってことね?」  あっさり一言にまとめてしまった。 「ど、どうなんだろう……? そこまでは言われてないけど――って、そんなことより、なんで藤原さんがここに!?」 「心配だから見に来たんだ。入学式以来、学校にも来ないし、メールや電話にも出てくれないんだもん」 「あ……ご、ごめん」  誰からの連絡にも出る気にならず、バッグに放り込んだままのスマホの存在を今さら思い出す。多分もう、バッテリーすら残っていないだろう。 「だから友達経由で住所を教えてもらって、直接会いに来たの。そしたらお母様と行き会わせて。ね、お母様?」 「ええ。道に迷ってるみたいだから声をかけたら、うちを探してるって言うからね。一緒に来てもらったのよ」  母親も、少し遅れて玄関に上がりながら、 「ありがとうね、藤原さん。息子のためにわざわざ来てくれて」 「こちらこそ押しかけてすみません。それに――倉石くんのこんなに可愛いところが見られるなんて、ラッキーだったわ」 「うう……」 「そんなことより倉石くん、さっきもうおもらしたんでしょ? だったら、早く取り替えないとまずいんじゃないの? なんでこんな風に、廊下でハイハイして――やっぱり倉石くん、趣味が――」 「ち、違うったら!! これは、佐々木さんが――」 「はいはい、そういうことにしておいてあげる。とにかく倉石くん――っていうのも、なんか変な感じ。これからは和実ちゃんって呼ぶから、よろしくね」 「ええっ!?」  まさかのちゃん付けに、和実は声を裏返す。  実のところ、中学時代までの藤原千代は挨拶する程度の同級生でしかなかった。容姿端麗、成績優秀、良家の令嬢で、男子の求愛と女子の羨望を一身に受けた少女――毎週のように誰かしら告白しては玉砕したとか、そんな話を聞く高嶺の花だ。  同じ高校に進むことが決まってからも、それについて軽く話した程度で、「おむつ組」への編入が決まったからにはもう二度と接点もないだろうと思っていたのに――まさか家に押しかけてくるなんて。 (しかも……思ったより、グイグイ来る……!) (馬鹿にされたり、笑いものにされたりするよりはずっといいけど、可愛がられるのもこれはこれで恥ずかしすぎるよ……!) 「と、とにかく……その、お、おむつが濡れてて、取り換えないといけないから、藤原さんは、下で待ってて!」  一刻も早く千代の前から逃げようと、必死に頭を回転させて口実を作る和実。  しかし千代はいっそう笑顔になって、 「それなら、あたしが和実ちゃんのおむつ、取り替えてあげる」   (続く)


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