「おむつぐみ」(14)
Added 2020-02-08 11:02:11 +0000 UTC陸奥学園高等部――もともとは女子校で、数年前から高等部に限って共学の門が開かれた名門私立高校の入学式で、一人の男子生徒が別室に呼び出されていた。 倉石和実。 どちらかといえば柔弱な少年は、今後担任となる女性教諭から、意外な言葉を告げられた。 「僕が、新入生代表の挨拶を――?」 「ええ、お願い」 「わ、判りました」 少年は、上ずった声で答える。 入学式の新入生代表は、入学試験における首席合格者である。嬉しさ、誇らしさ、晴れがましさが満ちると同時に、緊張感に背筋が伸びた。 挨拶の台本をもって戻ってきた和実に、他の新入生たちも彼が呼び出された理由を察する。ざわめく周囲に気恥ずかしくなっていると、 「やるじゃん、和実」 同じく新入生女子の藤原千代が、小声で話しかけてきた。和実と同じ公立中学の出身で、晴れて同じ学校に進むことになった少女だ。豊かな黒髪を古風なおかっぱ頭にした彼女は、お人形のような美貌に屈託のない笑みを浮かべて、 「新入生代表なんて、大役ね。がんばって」 「う、うん。ありがとう、藤原さん」 和実は赤くなって答える。 そして始まった入学式。会場は二階席まである講堂で、粛々とプログラムが進むにつれて、和実の緊張もどんどん高まってゆく。入学試験の時よりも落ち着かないくらいで、 (こんなに、大勢の人の前で話すなんて初めてだ――) 緊張にのどがカラカラになり、心臓は高鳴って、生きた心地がしない。陰嚢はすっかり竦みあがって、見えない手に掴まれているかのように痛みを発していた。今から思えばこの時の痛みのせいで、破局の前兆に気付かなかったのかもしれない。 「――新入生代表の言葉。新入生代表、前へ」 「はい!」 和実は精いっぱいはきはきとした声で答え、中央の通路を通って前へ。左右の教師と保護者たちに会釈してから、段をのぼって舞台の上に立ち、一度振り返ってお辞儀する。新入生、在校生、教員、保護者――講堂を二階席まで埋め尽くす観衆が、じっと自分一人に注目しているのが判ると、緊張と不安はいよいよ限界に達し、陰嚢がきつく締めあげられる。 それでも演台に向かって一歩を踏み出し――その脚に、ふいにズボンが絡んだ。 「……え?」 細身の和実にはゆったりと作られた男子用のズボンが、べったりと内ももに張り付いている。驚いて見下ろすと、グレーのズボンの内側が黒々と濡れて、裾まで達していた。 何が起きたのか、とっさに理解できない。いや、頭ではわかっているのだが、それを現実と認めることを、脳が拒んでいた。 しかし、濡れた部分にじんわりとした温かさが伝わり、少し遅れてアンモニアの匂いが鼻をつき――ようやく事態を受け入れた和実は、高校生活の破局を悟った。 それも、ただの破局ではなく―― 「職員会議の結果、本校の校則に基づき、あなたを附属女子幼稚園の『おむつ組』に編入することとします」 舞台の上から連れ出された後、講堂の一室でズボンと下着を脱がされ、タオルを巻き透けた情けない姿で一時間ほど待機させられていた和実に、担任予定だった女性教諭が決定事項を告げた。 「『お、おむつ組』……? しかも、幼稚園って……!?」 「附属幼稚園に設けられている、特別クラスよ。学年としては年少組より下だけど、一人クラスってわけにもいかないから、年少組の園児たちと一緒に授業を受けることになると思うわ」 「そ、そんな……! なんで……」 「生徒手帳をごらんなさい。校則の一番後ろのほうに、校内で失禁した生徒は、当該年度中、『おむつ組』に編入することとするって書いてあるでしょう?」 「当該年度中――つまり、ほとんど1年間、幼稚園に……」 「そういうことになるわね。詳細は追って知らせるから、今日はとりあえず帰りなさい。お母様に連絡して、着替えを持ってきてもらうことになったから」 「そんな……」 得意の絶頂から、失意のどん底へ。 急転直下の転落に、和実ががっくりとうなだれた。 (続く)