「おむつぐみ」(10)
Added 2020-02-04 10:26:01 +0000 UTC「あらまぁ、可愛らしいわねぇ」 声も出ない息子の代わりに応じたのは、母親であった。「大人用のベビー服」という矛盾に満ちたワードにもたじろぐことなく、 「チュニック――というより、ロンパースかしら? デザインも可愛いし、縫製もしっかりしてるし、よくできてるじゃない」 「ありがとうございます。他にもいろいろ、おむつカバーやベビー小物なんかを作ったりしてるんですけど、今は手元にこれしかなくて」 「まぁ、そうなの。襟元の刺繍の文字は、何かしら? ししー……?」 「シジーです。もともとは『女々しい』って意味なんですけど、ふりふりのドレスやベビー女装する趣味の男性を意味するスラングでもあるんですよ」 「へぇー、知らなかったわ。まるで和実みたいな人たちがいるのね」 「しゅ、趣味でこんな格好してるんじゃない!」 「してることに変わりはないでしょ。それにこれ、サイズ的にもあなたにピッタリじゃない?」 「うっ……」 「でしょう? 和実くんにぴったりだと思って持ってきたの。どうかもらってくれる?」 「い、いや、もらっても、着ないし……」 「いいじゃない、ちょうど今夜のパジャマがなかったところなんだから、これを着て寝れば」 「ぜんぜんよくないよ……」 情けない声を出す和実だったが、もはやパジャマとしてこのチュニックロンパースを着る流れは覆りそうにはない。 まるで小さな女の子が着るような重ね着風チュニックをベビー服に仕立て、大人サイズにしたようなロンパース。胸元とハートと、ベビーグッズのアップリケとも相まって、見ているだけでもむずむずしてくるのに、自分がこれを着て、寝るなんて―― 「でも、こんなに手のかかったものを頂いて、悪いわねぇ。何か代わりに差し上げられるようなものがあればいいんだけど――」 「いえいえ、お構いなく。でも――和実くん、制服を着てるお写真、撮らせてもらってもいい? どういうデザインになってるのか、しっかり見たくて」 「ええ、もちろん――」 「良くないよ!」 勝手に了承しようとする母親に、和実は憤懣を込めて叫ぶ。 すると楓子はがっくりと肩を落とし、 「そっか、そうだよね……和実くんだって恥ずかしいのに、浮かれて厚かましいお願いをして、ごめんなさい……」 気の毒なくらい悄然とする彼女の姿に、 「うう……じゃ、じゃあ、ちょっとだけなら……」 言った途端、楓子はぱぁっと表情を明るくして、 「ほんと!? ありがとう、和実くん! それじゃさっそく――」 楓子は満面の笑顔で目を輝かせ、カメラを取り出す。すぐに何度もシャッターを切り、 「ああ、可愛い……! 園児服風のブラウスとジャケットに、ベビー服のブルマのコラボレーション! どっちも好きなのに組み合わせるって発想はなかったから、目からウロコだわ! おまけに体は男子高校生で、手足も長いし腰は細いし、アンバランスさが逆に最高! いいよ、和実くん! すごくいい!」 「う……」 手放しで褒められ、和実は背中がむずむずしてくる。眼鏡の奥の眼を爛々と輝かせ、フルスロットルになっている楓子がちょっぴり怖い。 「ありがとう。今度はお尻側も、撮らせてくれる?」 「う、うん……」 「お尻側は三段フリルなのね。ジャケットの裾がブルマーのフリルにかぶさらないように、ちょっと短めになってるのもいい感じ。でもおむつの枚数が少ないからちょっと膨らみが物足りないわね……10枚くらい当てれば、もこもこになって可愛いんだけど」 「確かにそうねぇ。赤ちゃんの時のつもりで3枚だけにしたけど、もっと多いほうがいいかしら」 「はい! たっぷりおむつを当ててまんまるお尻にしたほうが、ぜったいに可愛いですよ! それに、大人のおもらし量だと3枚くらいじゃぜんぜん足りませんから、最低でも10枚は当てることをお勧めします」 「へぇー、そうなの。次からはそうするわ。となると布おむつやおむつカバーも、買い足さないとねぇ……」 「毎日使うなら、100枚くらいはあるといいですよ。あ、和実くん、今度はジャケットを脱いでくれる?」 「うぅ……はい……」 正面に戻ってジャケットを脱ぐと、楓子はまたテンションを上げて、 「はあぁっ、可愛い……! ジャケットを脱ぐと、ブラウスとブルマーがはっきり見えて、ベビー服感が強くなるのね。吊り紐のおかげでデザインも間延びしてないし。ジャケットを着ないなら吊り紐にフリルをつけるのも――って、今はいいか。もう一回背中側も見せて。うんうん肩紐が背中側でクロスしてるのも可愛いなぁ……」 うっとりとしゃべりながら、何度も写真を撮る。 (うう、早く終わらせて――) 最後のささやかな望みで心からそう祈る和実だったが、 「そうだ、まだ遊び着のスモック、試着してなかったわよね? せっかくだから着てみたら?」 「わぁ、スモックもあるんですか!? ぜひ見たいです!」 「だって。和実、取りに行ってらっしゃい」 「う……は、はい……」 母親の一言により延長が決定し、まだリビングの箱の中に残っていた最後の一枚――ピンクのスモックを取りに向かうのだった。 (続く)