「おむつぐみ」(9)
Added 2020-02-03 10:02:37 +0000 UTC聞こえた瞬間、和実の全身から血の気が引く。このタイミングで裏の家に住んでいる人が訪ねてくるなんて、理由は一つしかない。 案の定、母親はすぐに二階へと声を向けて、 「和実、ちょっと下りてらっしゃい」 「い、嫌だよっ!」 「大丈夫よ、もうご存知みたいだから、今さら――」 「今さらでも何でも恥ずかしいんだったら!」 「子供じゃないんだし、だだをこねないの! いいからおりてらっしゃい!」 「う、ううっ……」 和実は渋々、再び廊下に出て、階段を下りてゆく。 階段の踊り場から顔だけを覗かせると、まさに先ほど駐車スペースからこちらを見ていた若い女性が、にっこり笑って見上げていた。艶やかな黒髪は後ろで雑に括っただけで、化粧けもない。純朴そうな――というより、ややオタクっぽい女性だ。 「初めまして。あなたがさっき見えた子ね?」 「は、はい……そうですけど……」 「初めまして。私は裏に住んでる、佐々木楓子と申します。今は大学二年生で、趣味と実益を兼ねて衣装制作の活動をしてるんです。先ほどちらりと、可愛らしいお洋服を着たあなたが見えたから、是非じっくり見せて欲しくてお邪魔したの。まずはお名前、教えてくれる?」 「う……は、初めまして……倉石、和実です……」 丁寧なあいさつと事情説明に、和実は口ごもりながらも挨拶を返し、 「じゃ、じゃあ、この服を脱ぐから、それを見てもらえば――」 「いえ、できれば着たままのところで見せて欲しいんです! デザインとか、ラインとか、やっぱり着た状態じゃないと判りにくいので」 「で、でもっ……!」 「お願い、和実くん。渡したいものもあるし、ね?」 手を合わせる楓子に、和実はいよいよ断り切れなくなり、 「は、はい……」 踊り場の陰からゆっくりと出て、「おむつ組」の制服を着た全身を楓子の前に晒す。 途端に楓子は目を輝かせ、 「わぁっ、可愛い! やっぱりスカートじゃなくて、ブルマーだったのね。しかも股のところにスナップボタンまでついて、ちゃんとおむつ交換しやすいようになってるんだ。もしかして、おむつも当ててるの?」 「う……は、はい……」 「やっぱり。もこもこしてて、すっごく可愛い。ね、こっちに下りてきて、もっとちゃんと見せてちょうだい?」 「うぅ……」 テンションの上がる楓子に逆らえず、和実はゆっくり階段を下りて、玄関へと歩いてゆく。着ているだけでも恥ずかしいのに、そのデザインを口に出されると倍増しだ。可愛いと褒められても、お尻がむずむずするだけだ。 楓子は近くに来た和実をまじまじと見つめてから、 「うんうん、近くで見るといっそう素敵ね。そうだ、さっきちらりと見えたんだけど、お尻側はベビーブルマみたいなフリルになってるのよね? もう一度、見せてちょうだい」 「う……はい……」 言われるがまま、彼女に背中を向ける。そうすると、何とはない存在感があるお尻のフリルをいっそう意識せざるを得ず、中に当てているおむつの感触とも相まって、まるで撫でられているかのように落ち着かない。 しかし楓子はさらにテンションを上げて、 「へー、やっぱりね。幼稚園の制服をさらにベビー服風にアレンジした感じかしら。その色だと、元になったのは――陸奥学園附属の、女子幼稚園かしら?」 「は、はい……」 「やっぱり! あそこの制服、可愛いのよね。でも、そんなベビー服みたいな制服じゃないわよね。水色の上下に、赤いリボンだったはずだもの。もしかして、それをもとにして作ったの? 和実くん、そういう趣味が――」 「ち、違います! これは、その……事情があって……」 思わぬ特殊性癖疑惑に、和実は叫ぶ――が、説明するのも恥ずかしいし、何より頭が回らない。 すると今まで黙って見ていた母親が、 「高校の入学式でおもらししちゃったせいで、附属幼稚園の特別クラスに落第しちゃったのよ。で、あれがその制服なの」 「まぁ、そんなことが――でも、こんなに可愛らしい制服で幼稚園に通えるなんて、素敵じゃない」 「ち、ちっとも素敵じゃないですっ! っていうか佐々木さんは、おかしいと思わないんですか!?」 耐えかねて、ついに叫ぶ和実。 しかし楓子は平然と、 「思わないわ。だって――私もそういう服を作ってるんだもの」 「え……?」 「さっき、衣装制作活動をしてるって言ったでしょう? 私が作ってるのって、ちょっとニッチなクラスタ向けでね――」 言いながら、肩にかけていたボストンバッグのファスナーを開けて、中からピンク色の布の塊を取り出す。そしてそれを広げて、 「ほら、こういうのを作ってるのよ」 見せたのは、大きな丸襟がついたピンクの重ね着風チュニック。襟には赤い糸で英文字の刺繍が施され、肩には大きなフリル、袖は白の切替になっていて、その口にはフリルと赤いリボンがあしらわれている。胸元には白のレースで縁取られた赤いハートがついてていて、その中心にはミルクの入った哺乳瓶と、カラフルな水玉模様のガラガラのアップリケがついていた。 おまけにその裾からは、ほとんど逆三角形に近い台形の布地が、前後に一枚ずつ垂れ下がり、その下辺にはスナップボタンが並んでいる。それはまるで、いま和実が穿いているブルマーのスナップボタンを外した時の状態によく似ていて―― 「ベビー服よ。大人用の、ベビー服」 楓子の言葉に、和実は絶句した。 (続く)