NokiMo
jugatsu-usagi
jugatsu-usagi

fanbox


「おむつぐみ」(8)

「まず一つ目。幼稚園以外でも、制服か、幼稚園指定の『おむつ組』専用服を着用すること。いまは指定の服は持っていないから、制服で過ごしなさいってことね」 「幼稚園以外でも――って、つまり、家にいるときもこの制服で……!?」  普通の園児服でさえ、普段着にしたいものではない。まして「おむつ組」の制服は、ズボンやスカートの代わりにブルマーで、しかもお尻にフリルがついているベビー服仕様。内側には、おむつとおむつカバーも当てているという徹底ぶりである。 「ええ。さっき脱がないように言ったのは、そういうこと」 「そんな無茶な! 家の中でくらい、自由な格好で――」 「早く制服に慣れるためだと思って、我慢なさい。これからほとんど毎日、着なくちゃいけないんだから。さっきみたいに、ちょっと外から見られた程度で大騒ぎしてたら、やってられないわよ」 「う……」  先ほどの、自分を見上げた女性の顔と目を思い出して、和実はまた赤くなって押し黙る。  母親は再びメモに目を落とし、 「で、二つ目――今後、排泄はすべて、おむつの中にするように」 「は――?」  和実は耳を疑った。いや、制服着用の指示も信じたくない気持ちでいっぱいなのだが、その意図は明白であり、ぎりぎり理解できる。  しかし、おむつへの排泄は―― 「ちょ、ちょっと待って! お、おむつを当てられてるのって、またおもらしをしたら大変だからってことじゃないの!? もちろん罰としての意味はあるだろうけど、何で排泄まで……それじゃまるで、わざとおむつに――」 「そういうことでしょうね。幼稚園児未満の赤ちゃん扱いなんだから、赤ちゃんらしくしなさいってことでしょ」 「嫌だよ! いくら赤ちゃん扱いだからって、何もそこまで――」 「園からの指示なんだから、素直に従いなさい。あんまり嫌だって言ってると、今度こそ退学にされちゃうわよ」 「けど、お母さんが黙っててくれれば、幼稚園には――」 「もしもバレたら大変でしょ? どんな決まりでも何かしら理由があるものなんだから、どうしても気になるなら明後日の面接で直接聞くことね。それまではちゃんと、園からの指示に従いなさい」 「い、いやだ、そんな……」 「そんな泣きそうな顔をしないの。汚したおむつを替えるのは、お母さんなんだからね」 「うっ……」  確かにおもらしをする本人より、母親のほうが大変なのだ。それを思うと何も言えなくなる和実だったが、 「あんまりため込んでからおもらしすると、おむつカバーが汚れやすいから、二時間おきくらいにこまめにするようにって。それとやっぱりベビーパウダーも買ってきたほうがいいかしら。指定のベビー服って言うのも、どんなのがあるのか楽し――」  妙に弾んだ口調でそこまで言ったところで、母親は息子からの冷たい視線に気づき、わざとらしく咳払いをする。 「お母さん、ひょっとしなくても楽しんでるよね?」 「まぁ、少しね。だって――和実がこんなに可愛くなるなんて、思ってなかったんだもの」 「可愛いって言うか、恥ずかしいだけだよ、こんなの……」 「そう言えば和実、まだ自分で着たとこをは見てなかったわね。せっかくだし――ほら」  母親は何気ない口調で言いながら、すぐそばのクローゼットの扉を開く。  とうぜん和実の視線はそちらに誘導され、扉の内側に貼られた鏡を直視してしまい―― 「え……こ、これが、俺……!?」  そこに映るおのれの姿に、言葉を失った。  「おむつ組」の制服である、白い丸襟ブラウスに、ピンクのリボン。水色のイートンジャケットと、その裾から覗く黄色ギンガムの「吊りブルマー」――さらに黄色い通園帽子や紅いチューリップの名札、レースの付いたハイソックスという、およそ男子高校生の服装とは思えない格好に、目が離せなくなってしまう。  母親は、今まで硬くしていた表情を崩してにっこり笑い、 「ね? 可愛いでしょ?」 「か、可愛くなんてない!」 「そうかしら。年少組より年下の子が、幼稚園に特別に入れてもらいましたって感じの制服で、すっごく可愛いじゃない。襟の大きなブラウスも、ピンクのリボンも、イートンジャケットも――何よりブルマーがもこもこしてて、とってもいい感じよ。やっぱり、中にちゃんとおむつを当ててるからかしら」 「あ、う……そ、それは、制服の話であって……」 「ほら、手でブルマーを隠さないの。制服だけじゃなくて、それを着てる和実も可愛いって言ってるのよ。まぁ、ちょっと体が大きいけど、見苦しいって程じゃないし、これなら外を歩いてても、通報されたりとかはしないと思うわよ」 「ちょっとどころじゃないよ! 俺、高校生なのに――」 「高校生だった、でしょ? いまは制服の通りの『おむつ組』の園児なのよ」 「う、うん……」  力なくうなずく和実。  「おむつ組」への編入が決まって以来、母親の態度は妙に厳しかった。てっきり、「いい年しておもらしだなんてみっともない」「きちんとしつけ直さないと」といった、まじめな理由だと思っていたのだが――この分だと「女子幼稚園に編入される」という話が来た時点で、多少浮かれていたのだろう。厳しかったのはその裏返しだ。 (そう言えばお母さん、赤ちゃんとか、女の子の服とか、可愛いものが好きだったっけ)  もちろん教育的な理由もあるのだろうが、今の状況を楽しんでもいるようだ。この分だと、味方になってくれそうにはない。和実は肩を落としつつ、気になった点について確認する。 「と、とにかく……家の中でも制服って、まさか寝るときまでじゃないよね? さすがにお風呂に入ったら、着替えていいんでしょ?」 「だったらすぐにお風呂に入って着替えよう――とか考えてないでしょうね?」 「ち、ちがうったら! いやできればそうしたいけど!」 「まったく……いちおう、おむつとおむつカバーは寝てる間もしていなさいって。パジャマについても指定のものがあるみたいだけど、明日まではとりあえず、今までのを使えばいいんじゃないかしら」 「助かった……いや、ぜんぜん助かってないけど、今夜だけでも――」  言いかけたその時、ふいに玄関のチャイムが鳴った。 「あら、誰かしら。ちょっと出てくるから、着替えないようにね」 「はーい……」  出て行く母親に、和実はほっとする。  しかしすぐに階段下――つまりは玄関から、母親のワンオクターブあがった声が響いて、 「あら、裏の佐々木さん?」   (続く)


Related Creators