第8話「女児服とごっこ遊びと」(8)
Added 2019-12-22 11:15:16 +0000 UTC「……え?」 夢月は呆然と、画面を見つめて呟く。 「よ、幼稚園にって……俺が……?」 それを「紗月ママ」が聞きとがめて、 「こら、幼稚園児の女の子なんだから、俺とか言わないの」 「なんで呼んでもらおうか。あたし――じゃ、ありきたりだよな。夢月は~とか、夢月ちゃんは~とか、自分の名前で呼ぶと女の子っぽくて可愛いから、そうする?」 「静紅パパ」も、さらりと乗っかる。 さらに「榛名お姉ちゃん」が、 「むーたんとか、むーちゃんとかどうだー? 舌ったらずな感じでしゃべったら、もっと幼稚園児っぽくなるぞー」 「あら、それいいわね」 「紗月ママ」はスマホを弄って、 「それじゃあ今から、夢月ちゃんは自分のことを『むーちゃん』って呼ぶように。いいわね?」 「そ、そんな!」 夢月は悲痛な声を上げる。恥ずかしい園児服を着せられているとはいえ、ごっこ遊びというからには、この部屋の中で家族ごっこをするだけ――そう思っていたのに、まさかの外出とは。 「やだよ、むーちゃんは――えっ!?」 抗議しようとした夢月は、完全に無意識に飛び出してきた一人称代名詞に気付いて、絶句する。 これもアプリの引き起こしている現象だろう。いつも使っているはずの「俺」や「ぼく」といった単語が全く出て来ず、無意識につかおうとすると「むーちゃん」と言ってしまう。さらに「榛名お姉ちゃん」が提言した通り、口調までもが舌ったらずな、幼稚園児っぽいものになってしまっている。 「やっ、うそ……むーちゃん、えんじみたいなしゃべりかたになってる……!」 「うんうん、そうよー。むーちゃんは、むーちゃんなのよ」 「紗月ママ」は優しく笑って、 「さ、そういうわけだから、むーちゃんは、近所の幼稚園に行きましょうねー」 「や、やだよっ! こんなえんじふくで、ようちえんにいくなんて、はずかしい……!」 「おいおい、むーちゃんは園児なんだから、幼稚園に行くのは当然だろ? それに大丈夫、榛名お姉ちゃんも一緒だから。な、榛名?」 「そうだぞ! 榛名お姉ちゃんもついてってやるから、安心して幼稚園に行こうな!」 「う、うぅ……」 言い返そうにも、舌も頭も回らない。泣きそうな顔でうつむき、太腿にかかるスカートの裾に置いたその手を震わせていると、その手を榛名が優しく握り、 「な、むーちゃん。榛名と一緒に、幼稚園に行こ!」 「う……うん……」 女子小学生に励まされるなど、情けない気持ちでいっぱいだったが、ここでさらに抵抗すればより一層みっともないことくらいは、いまの夢月でも理解していた。年長者としては彼女たちを困らせないように、この狂った「ごっこ遊び」をちゃんとやり遂げるほかない。 「さ、行ってらっしゃい。先生にちゃんと挨拶するのよ」 「はーい! いってきまーす! ほら、むーちゃんも!」 「う、うん……い、いってきます……」 夢月は榛名に手を引かれつつ、部屋に残る「紗月ママ」と「静紅ママ」に見送られて部屋を出る。 二階から一階に下りて行くと、ちょうど買い物から帰ってきた母親と鉢合わせた。 「あら、夢月。どうしたの、園児服なんて着て」 高校生の息子の幼稚園女児制服姿に、さしもの母親も目を丸くする。 「あ、あの、これは……」 高校生らしく理路整然と説明しようとしたものの、言葉が出てこない。懸命に 「えっと、ごっこあそびで、むーちゃん、ようちえんじなの……」 「あら、そうなの。ふふっ、夢月が幼稚園児ねぇ。榛名ちゃんは、お姉ちゃん役かしら?」 「そうだぞー! 榛名が小学生のお姉ちゃんで、むーちゃんが幼稚園の妹なんだ!」 「あらまぁ、良かったわね、夢月。優しいお姉ちゃんで」 「う、うん……」 母親も、単に夢月が園児服を着ていることに驚いただけで、このごっこ遊びそのものに対しての疑問はないらしい。 「で、二人ともお出かけ?」 「うん……むーちゃん、おねえちゃんといっしょに、ようちえんに、いくの……」 「あらあら。ふふっ、それじゃあ行ってらっしゃい」 「うん! 行ってきまーす!」 「い、いってきまーす」 「姉妹」は夢月の母親に挨拶すると、いよいよ玄関へ。 玄関前に置いてある姿見に映る、「大きな幼稚園児」としか言いようのない自分の姿に、夢月は改めて戦慄する。 (この格好で、本当に、外に出るんだ……しかも、幼稚園に……!) 土間にはご丁寧に、幼稚園児が穿くようなピンクのスニーカー。もちろん夢月用と言わんばかりの24センチサイズで、榛名用のシューズより一回り大きい。 二人並んでシューズを履き、 「いってきます……!」 玄関を開けて、夢月は外への一歩を踏み出した。 (続く)